話したくなる空間とは?喫煙室に学ぶ5つの要素

Tech & Experience Design / テクノロジーと体験デザイン

近年、オープンイノベーションや社内外の交流促進を目指す企業が増え、社員同士のコミュニケーションをどう活性化させるかが注目されています。その一環として、オフィスの空間デザインにも工夫を凝らし、カフェスペースやドリンクコーナー付きのリフレッシュエリアなどを導入する企業も多くなりました。

しかし、そうした空間において「知らない部署の人や会社のトップと自然に会話ができますか?」と聞くと戸惑う人が多いです。特に日本企業、日本人だと顕著です。「まだ話をしたことがない、個人的に気になっている部署の部長とリフレッシュルームでばったり会いました、会話できますか?」と聞くと、難しいと感じる人も多いのではないでしょうか?

ところが、かつてそれができていた場所がありました。それが喫煙室(タバコ部屋)だったのです。

やや誇張気味な表現をしましたが、コミュニケーション活性化について議論をしていると、必ず出てくるのが「かつての喫煙室のような体験をタバコなしに実現できないか」という声が出てきます。かつて喫煙者としてその実体験をしてきた私の視点から、なぜ喫煙室では会話が自然に生まれていたかを5つの要素に分けて分析してみました。

なぜリフレッシュエリアでは話ができないのか?

オフィス内で自然な会話が生まれないのはなぜでしょうか?もちろん地域や文化の違いも影響しますが、これまでブレストやヒアリングした結果を基に「話しかける側」と「話しかけられる側」の心理的な課題を整理します。

話しかける側の心理的ハードル

  • うっとうしい人・変な人と思われそう(気遣い、不安)
  • 話したことがないので怖い、不安である(気遣い、不安、恐れ)
  • 話すきっかけがない(共通話題がない)
  • 話すタイミングが分からない(気遣い)
  • 話し終えるタイミングが分からない(決断力の不足)
  • 誰に聞かれているかわからない(周囲の目、恐れ)
  • 声を出して良いかわからない、うるさいと思われたくない(気遣い、不安)

話しかけられる側の課題

  • 誰に聞かれているかわからない(不安)
  • 話しかけられると断れない(気遣い、遠慮)
  • 話し終わるタイミングが分からない(気遣い、決断力の不足)

整理すると「話しかける側」としての課題が凄く多いのです。特に日本人は「相手への気遣い」が良くも悪くも障壁になっているようです。一方で「話しかけられるのは意外と嬉しい」という声もあり、なんだかんだ「話しかけてくれる待ち」な人も多い印象です。

喫煙室の5つの体験要素

多くの障壁がある中で、なぜ喫煙室では自然な会話が成立していたのか、以下の5つの要素が、コミュニケーションを促進していると私は考えます。

1. 時間の有限性

タバコ1本にかかる時間はおよそ4〜5分。長すぎず短すぎず、ちょうど良いリフレッシュの時間です。また、タバコを吸い終わったらその場を離れるのが前提のため、「会話が長引きそう」「抜けにくそう」といった不安が生まれません。

つまり、短時間で自然に切り上げられるという“時間の有限性”が、心理的ハードルを大きく下げていたのです。

2. 空間の絶妙な狭さ

タバコを吸わない人、吸ったことがない人は想像しにくいかもしれませんが、喫煙室、スモーキングエリアは想像よりも狭いです。日本では厚生労働省が職場における喫煙室についてのガイドラインを提示しており、喫煙者一人あたりの専有面積は、立位の場合は 1.2 ㎡/人程度、座位の場合は 1.8㎡/人程度が目安※としています(※受動喫煙防止対策助成金に関する質疑応答集等より)。つまり6人の喫煙者スペースとすると、立位で7.2㎡(4畳程度、座位で6畳程度)になります。そこに吸い殻缶や吸い殻入れを置く事を考えるとかなり狭くなります。つまり、人と人との距離が必然的に近くなります。

この人と人との距離の近さが、親密感を生みやすく、声をかけやすい心理状態を生み出します。この距離感は、バーのカウンターで隣同士の会話が弾みやすいのと似ています。また、密閉された空間によって声が外に漏れないという錯覚が生まれ、周囲の目を気にせず話せるという効果もあります。

3. 共通の心理状態

「ちょっと火を貸してくれませんか?」と声をかける光景がよく見られたのも、喫煙室ならではです。長年、受動喫煙の問題などがあり、喫煙者は肩身が狭くなってきていると感じます。こうした環境では、「喫煙者同士」という共通属性に加え、喫煙に対するうしろめたさから来る、ある種の連帯感や一体感が生まれやすくなります。そのため、自然と声をかけやすくなるのかもしれません。

タバコ部屋ではヒエラルキーがなかったと語る人もいます。実際、私も自身よりも格上の先輩方々と出会い、仲良くなった経験があります。肩書きや役職を超えた対話が生まれやすい背景には、こうした共通心理状態があったと感じています。これは、一般のリフレッシュルームにはない心理やカルチャーです。

4. 話すきっかけになる共通の話題

「どこの(銘柄)吸ってるの?それってどう?」こんなちょっとした自然な会話も喫煙室の特徴です。喫煙スタイルや道具など、すでに共通の関心事があることが、自然な会話の導入になっていました。私自身、Zippo のライターをくるくると手のひらで回しているところに、声をかけて教えてもらったことがあります。

天気(雪が降りそう、ゲリラ豪雨中)、ビッグニュースのように、その空間にいる誰もが共通して認識している話題は雑談として取り上げやすく、ちょっとした雑談が、実は大きな対話の入口になっていたのです。

5. 人に動きがある

紙巻きのたばこでは、灰を落とすために必ず数回、灰皿に手を伸ばす必要があります。場合によっては、少し歩いて移動もする必要がありました。その動作のたびに、周囲に微妙な“動き”が生まれます。

「人に話しかけるなら動作が完了した直後が良い」とも言われています(日本の大学の対話ロボットでの実験結果より*参照元は文末に記載)。そういうタイミングを人は自然に見計らっているともいわれます。これは、座った瞬間(立位が終わったとき)、PC作業が終わったときや飲み物を置いた瞬間などが該当します。タバコの場合、自然な“区切り”のある動きが頻繁にあるため、会話のタイミングが生まれやすいというわけです。

まとめると以下のようになります。

要因コミュニケーション課題の解決となる特徴
時間の有限性長時間の束縛がない、離脱しやすい
空間の絶妙な狭さ声をだしやすい、親密感が生まれる
共通の心理状態一息つく、仲間意識、ヒエラルキーが鈍化
話のきっかけ共通の興味、雑談のきっかけが存在
人の動き話すタイミングが生まれやすく、声をかけるきっかけに

空間作りよりもカルチャー作り?

今回は、かつての喫煙室コミュニケーション体験を分析しました。現在は加熱式タバコが主流になり、喫煙中もスマホに夢中になって孤立する場面も多くなったという声も聞かれます。

それでもオープンイノベーション、部門間連携、社員交流の活性化を推進したい企業にとって、「喫煙室的コミュニケーション体験」を再構築したいというニーズは根強く存在しています。私は日々、オフィス空間体験デザインにおいてこの5つの要素をどのように再現するかを考え続けています。

ただし、空間的な演出だけでは足りません。最終的に求められるのは、カルチャーやマインドセットの変化だと思っています。

「日本人はシャイだから」とあきらめるのは簡単ですが、冒頭に触れたように、「話しかけられるのは嬉しい」と感じている人も多いのです。

趣味のオフ会などでも、共通の関心があれば初対面同士でもすぐに打ち解けられるもの。大阪の居酒屋では阪神タイガースの話題が出ると、見知らぬ客同士でも会話が始まる—— そんな空気感も、意外と普遍的なものかもしれません(実際にテレビ番組でも検証されていましたが、信じるかどうかは、あなた次第です)。

このコラムが、リフレッシュコーナーでのちょっとした雑談の“きっかけ”になれば幸いです。ぜひ本日、誰かにひと言話しかけてみてください。

*参照元:
1. https://interruptions.net/literature/Iqbal-CHI05-p1489-iqbal.pdf
  Iqbal, S. T., and Bailey, B. P.: Investigating the effectiveness of mental workload as a predictor of opportune moments for interruption; Proceedings of the SIGCHI Conference on Human Factors in Computing Systems, pp.1489-1492, 2005.
2. 藤本雄一郎, 永澤由基, 徐建鋒, 田坂和之, 柳原 広昌, 藤田欣也:“音声によるプッシュ型情報提供にむけた身体動作に基づく情報提示機会の推定可能性“, ヒューマンインタフェースシンポジウム2017論文集, 7D1-5, 大阪, 2017年9月.

Written By

河野 道成

BXUXディレクター&デザイナー。ソニーで22年間、PS3, PS4等のグローバル向けプロダクトのUIUXデザインに携わる。独立後は次世代UIUXのコンサルをしつつ、フィットネスクラブ・テーマパークアトラクションの企画やディレクションなど、基本的に何でも屋。好きな体験はダンスミュージカル出演と4輪レース参戦と犬の散歩。

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