未来学者Nicklas Larsen氏から学ぶ新しい未来とデザイン

本記事は北欧のデザインメディア DeMagSign の翻訳記事です。
元記事はこちら:Insights for the Future – Interview with Futurist Nicklas Larsen

デジタルデザイン、アート、そしてテクノロジーは、未来の新たな可能性をイメージする上で極めて重要な役割を果たします。未来の研究とデザインは密接に関わりながら進んでいくのです。Copenhagen Institute of Futures Studies (CIFS)に所属するNicklas Larsen氏へのインタビューをとおして、その関わりについてみていきましょう。

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デザインと未来の研究が共通して持っているものとはなんでしょうか? それは、どちらも私たちの心を新たな未来に導いてくれるものということです。私たち人間は常に進歩し、未来に向かって進んでいますから、新たな未来の可能性や予想は数多くあります。世に溢れるさまざまなモノやデータ、時代が持つ精神における新たな発展を知ることで、私たちは未来がどのようなものになるかを想像することができます。

住んでいる場所によって、未来の可能性はポジティブなものにもネガティブなものにもなるでしょう。また、世界中の国、地域にはそれぞれのストーリーがあるので、社会全体として捉えたときに、どのような未来を迎えるかを正しく想像することは難しいです。

また、社会から排除された人々が未来について議論するテーブルに座っているのかどうかさえも考慮されていません。彼らが、決定権を持つとしたら、その結果は私たち全体に影響を及ぼします。

未来の研究とデジタルデザインは、密接に関係しながら発展するものですが、どのように相互を補完しているのか、まだ少し不明瞭なところがあるのです。

未来の研究とアートやデザインがどのように関連し、また相互に補完しているのかをもっと知るために、私たちはデンマークの非営利研究機関である Copenhagen Institute for Futures Studies (CIFS)のNicklas Larsen氏と話をしました。

Nicklas 

CIFSのシニアアドバイザーであるNicklasは、UNESCOやデンマークのNational School of Performing Artsといった教育機関とのコラボレーションやコミュニケーションの責任者です。

Nickはあらゆる面で刺激的な人物ですが、もっとも印象的だったのは「学生に対して未来の研究を届けようとする」情熱です。彼は、あらゆる人が共有の未来を作り出すプロセスに参加すべきであると考えています。そのため、ビジネスやデザイン、アートといったさまざまな教育を行う機関と一緒に仕事をしているのです。

「学生たちは素晴らしいです。組織の枠組の中だけで考え、行動してしまいがちな彼らの親の世代よりも優れた世界観とエネルギーとクリエイティビティを持っています。私たちは成長するにつれて、無邪気さや子どもらしい自由さ、そして不確かさを楽しむ方法を忘れてしまったようです。だからこそ私は、一人ひとりが早い時期から未来を予想し、未来について考える能力を伸ばせるように、早めにそのことを教えることに意味があると思っています」(Nickの言葉)

「スクリーンショットが私たちの本当の姿を教えてくれる」
Debora Cheyenne(出典: The New York Times)

── デジタルデザインと未来の研究はどのように関連し、私たちが世界の複雑さを理解するのに役立つのでしょうか? また、その2つはどのように相互に補完し合っているのでしょうか?

Nick:これは実に良い質問です。なぜなら、その答えは視点によって異なるからです。私がこういうと、おそらくデザイナーは反対するでしょう。

未来学の観点からすると、この学問は問いを立てることで視野を広げ、考えを変え、前提を明らかにし、挑戦しようとするものであり、そうした疑問に対して、プロトタイプを作ることを通して答えを探そうとするのです。一方でデザインは、現在のニーズ、欲求、行動に対応し、それらが将来どのようになるのか、あるいはどうなる必要があるのかを探索することができます。

とにかく、メカニズムを変容させ、多様化しようとする良く似たアプローチにおいて原則は共通しています。実際に多くの研究はその原則がお互いに、予想から現実に、現実から予想への転換をサポートするということを指摘しています。それらはひとつに融合することさえあり、それぞれの領域の良さを取り入れたハイブリッドの、未来デザインという分野を作っています。

「The Restaurant: Season 2」, 2020, Steffen Jørgensen & Will Benedict
(出典:David Stjernholm and YEARS)、
「I don’t want to live, I don’t want to die」 2019, SMK(出典: Frida Gregersen)

── デジタルデザインと未来はどのように密接に繋がっているのでしょうか?

Nick:従来のデザインは、実体のある、フィジカルなものを対象とすると考えられていました。伝統的なモデリングの技術が前提条件を微妙に変形することに適しておらず、不定形で予測のつかない環境では十分にその良さを発揮できなかった一方で、デジタルデザインの登場によって、デザイン手法はフレキシブルでリアルタイムなものになりました。空間コンピューティングや分解のためのデザイン、空間デザイン等のコンセプトに代表されるようなデザイン手法の進歩が、私たちを新たな未来へとぐっと近づけました。

── デジタルの世界でなにかを創造し、発展させ、行動しなければならないとしたら、未来を研究するアプローチを強化するために重要なことはなんでしょうか?

Nick:未来とその予想について考える際には、意思決定を行う人たちが自らの世界観を広げ、特定の環境に合うようにテストと開発を進められる、ある程度の確度で予想される未来の姿を認識できるように、定量的、探求的、文脈的なツールが用いられます。デザイナーはこれらの方法をインスピレーションの出発点として使うことができますし、予想される未来の姿を深掘りし、プロトタイプを使ってテストすることができます。

私の考えでは、基本的にはデザインも未来予想も、価値に注目して進められる特別な仕事です。そしてそのアプローチは多様であるべきです。デジタル化によって多くの障壁が無くなり、アクセスが容易になってきてはいますが、未来のためのデザインについて言えば、いままで以上に長期的な目線で地球と人類のことを考えることが必要になっています。デザインを使う人は誰か、どんな目的で、どんな問題を軽減するために使うのか、ということを考えなければなりません。

「消費のためにデザインする時代は終わりました。私たちは、倫理的で良心的な選択と行動の指針を提供することで、未来をデザインすることに力を注がなければなりません」(Nickの言葉)

「COVID Manifesto」2021, Cauleen Smith
(出典:the Artist and Corbett vs. Dempsey Chicago)
「COVID Manifesto」2021, Cauleen Smith
(出典: the Artist and Corbett vs. Dempsey Chicago)

── 2021年のシナリオレポート、『Futures shaping art / art shaping futures』の中であなたはイマーシブデザインについての記事を書かれていますね。その記事で「Experimental futures(実験に基づく未来)」という新たなデザインドリブンのアプローチを紹介されています。これはイマーシブデザイン、そしてアートとどのように関連するのでしょうか? この新たなデザインドリブンのアプローチについてお聞かせください。

Nick:この「実験に基づく未来」という新たなデザインドリブンのアプローチは、未来学という学問を、文章で書かれたものから、没入型のアートやデザイン主導の体験の中に取り入れるものです。未来学者であるStuart Candy博士が先導するこの未来に向けたハイブリッドなアプローチは、分析的なアプローチと具体的な参加型体験を融合させることによって、私たちの未来をより深く理解できるようにすることを目的としています。Stuartの言葉を借りれば、このアプローチの目的は「洞察と変化を促すために、未来の状況やものを作り出す」ことです。このアプローチはパフォーマンスや展示、空想上の物体のデザイン、ゲーム、マルチメディア創作、公共空間におけるインターベンションなど、さまざまな形を取ることができるでしょう。

レポートの閲覧はこちら

── デジタルデザインと未来の研究に関して、注目すべき人はいますか?

(出典: Leo Martins / O Globo)

Nick:1人目は、先ほど紹介したStuartです。インスピレーションに満ちた未来の研究への姿勢、デザインからのアプローチによって未来を引き寄せるべく、理論に裏付けられた原理の探究は素晴らしいです。

Pupul Bisht (出典:Future Pod)

Nick:2人目は、Pupul Bisht氏です。彼女は複数の領域で活躍するデザイナーであり未来学者です。西洋偏重の未来に対するアプローチとデザイン手法にチャレンジするべく、未来研究の脱植民地化を目指すための団体を立ち上げました。

Kaave Pour (出典:Space 10)

Nick:3人目は、イノベーションとデザインのラボ、Space10の創立者であるKaave Pour氏です。人間中心のデザインは過去のものになるべきだという考えを最初に教えてくれたのは彼でした。(2019年にDesign MattersはKaaveにインタビューをしています)

最後に、人ではありませんが、SynergyXRの作品が非常に面白いと思っています。実際に、メタバースの出現はすでに、企業、個人を強く惹きつけており、彼らはメタバースの土地や資産を買い占めています。しかしメタバースに興奮する一方で、私たちは自らに問いかける必要があるでしょう。これはエリートの描く夢なのか、有り得る未来の世界なのか、と。

いずれにせよ、新たなインターネット3.0の世界における平等なアクセスを、インクルージョンを、安全を、新たな規範を、一体だれが守ってくれるのかという疑問が生じます。メタバースを巡る多くの懸念は、ネット上における悪しき振る舞いをどうやって制限するかという点に繋がります。メタバースのデザイナーは、この場所を誰にとっても安全な場所にする義務があります。

SynergyXRのプロダクト、Gallery Press Kit

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北半球の先進国におけるダイバーシティとインクルージョンについての描く構想に、実際はすべての人の視点や体験が含まれていないということを思えば、未来は物足りなく寒々しいものに感じられるでしょう。アート、文化、デザインを使って未来の物語を紡ぐことで、荒涼とした未来予想を裏切って、新たな視点が得られるはずです。これらがなければ、私たちの途方もない夢の先を想像することもできないでしょう。

社会が進むにつれて、かつては具体的な問題解決に焦点を当てたデザインは、デジタル空間のためのデザインへと変化しています。

私たちは、物理的な空間の神経美学があなたに影響を与えることを隔離生活の経験から学びましたが、同じ原理をデジタル空間のデザインにどのように適用するのが良いのか、まだわかりません。今後の未来についての研究が、デジタルデザイナーがデザインに取り入れるべき基本的なツールを提供してくれるでしょう。

Nickとの会話は、私にある考えを与えてくれました。私たちはどうすれば、消費と享楽のためのデザインからきびしく距離を置くことができるのでしょうか。循環デザインとユニバーサルデザインという新たなテーマにデザイナーたちが取り組むことで、この問いに対する答えが見えてくるかもしれません。ほとんどのデジタルデザイナーが考えているのは、デザインアプローチから導かれる問題解決だけを考える癖からどうやって抜け出すかということです。まだまだわからないことが多いですが、ひとつたしかなことは、アート、文化、そしてデザインの力を侮ってはならないということです。

Written by Adrienne Hayden (Design Matters)
Translation brought to you by Spectrum Tokyo

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Design Matters Tokyoは北欧と日本をつなぐグローバルデザインカンファレンスです。次回は2023年6月に開催予定。

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