「The Wørmhole」の制作者が語るテクノロジーの可能性と社会に与える影響
本記事は北欧のデザインメディア DeMagSign の翻訳記事です。
元記事はこちら:How Will AR And Other New Technologies Impact Societies?
Wørmholeは、新しいテクノロジーに関心を持つクリエイターにインスピレーションを与え、情報とツールを提供することを目的としたプロジェクトです。このプロジェクトは、若き研究者であり、テクノロジーの専門家でもあるMaria Cristina Sega氏とGina Josephine氏によって作られました。
2人の作品は、文化的な洞察力と新たなテクノロジーを融合させ、社会にインパクトを与えるようにデザインされています。MariaはVICEが運営する広告制作会社「VIRTUE」でアルバイトとして働いており、さらには女性主導で未来を考えるクリエイティブスタジオ「Cisor Studio」のオーナーでもあります。

Mariaは、新たなテクノロジーが社会に与えるインパクト、そしてテクノロジーが将来どのように進化していくのかについて語ってくれました。彼女の強い情熱と幅広い知識は、The Wørmholeで発揮されています。
このプロジェクトのWebサイトは、新たなテクノロジーに魅了されながらも、同時にそのテクノロジーを利用することに不安を持っているクリエイターに対して、そのような偏見を克服するための材料を提供しています。これは、人々が最新のテクノロジーとそれらを取り巻く問題点を理解する手助けになることでしょう。Webサイトは、2つのセクションから構成されるデスクトップ型で、インタラクティブなWebサイトとしても閲覧できるVRサイトとなっています。
1つ目のセクションは、毎月異なるデジタルアーティストの作品が展示される仮想展示スペースです。このセクションは、A-frameというフレームワークによって開発されました。A-frameとは、開発者がHTMLを使って3DやWebVRを作り出せるVR体験構築のためのオープンソースです。
2つ目は、厳選されたコンテンツを提供するプラットフォームです。これは、クリエイターが学んだりアートディレクションを行ったりする時に参照するリソースとして作られました。最新のテクノロジーを楽しく紹介しており、特別な予備知識が無くても最新技術に触れることができます。
その中でもテクノロジー、インスピレーション、リソースの3つのカテゴリに分けられています。「テクノロジー」では、さまざまなテクノロジーを初心者レベルで学ぶことができ、業界全体でどのような応用が可能かを知ることができます。「インスピレーション」は、ディレクターやデジタルコンテンツの外注を検討しているクリエイターに向けられたものです。最後にもっとも高度なカテゴリである「リソース」は、自分の仕事の幅をもっと広げたいと考えている人に向けられています。このカテゴリでは、プライバシー問題、データポリシー、倫理とガバナンス、インクルーシブデザインなどのテーマがたびたび扱われます。
The Wørmholeのデータベースは今後も継続的に更新されます。プロジェクトに興味がある方は、mariacristina@cisorstudio.com宛に申し込んでみてください。

── 出展するアーティストやプロジェクトに対して、特定のスタイルやテーマを定めているのですか?
ええ、もちろんです。私たちは表現することを心から大切にしていて、あらゆるマイノリティを表現するようなアーティストに興味を持っています。これは、私たちがCisorを立ち上げたときのマニフェストのひとつでもあります。たとえば、いま私たちが取り上げているのは、ファッションメディアの専門家であり、デジタルとインタラクティブな体験のキュレーターでもあるDamara Inglês氏という女性です。彼女の作品は、「実体的」「物質的」という概念と「バーチャル」「デジタル」という概念の境界を曖昧にすること、そしてデジタルアイデンティティが現代の自己認識にとっていかに重要であるかということに焦点をあてています。

── まだ世に出ていない素晴らしいアーティストを見つけるために、頼りしている親密なネットワークはありますか、それとも他のツールを使っていますか?
ネットワークはもちろん重要ですが、自分が普段いる場所から飛び出して知識、人脈、交流を広げる努力も重要です。ソーシャルメディアは、アルゴリズムによって自分の信念や価値観に沿ったものだけが反映される場所になってきています。なにか違うものを探すために多くの時間を費やさなければなりません。
私は、ソーシャルメディアをツールとして使っていますが、文化的なプラットフォームや雑誌も使っています。それらのプラットフォームや雑誌はすべてWørmholeにあります。私はあるアーティストを紹介する面白い記事を見つけると、そのライターが書いた記事すべてに目を通すようにしています。
── やることが多すぎて大変ではないですか?
もちろん、とても大変です。The Wørmholeを作り上げるのに6ヶ月かかりましたが、それでもまだ完成していません。完成したと思うたびに、追加するものがさらに3つほど出てきます。
──あなたはこのページを、未来志向のWeb体験として作られたそうですが、その内容を少し教えてください。
Cisorはどのプロジェクトにおいても、目的をはっきり持って世界を変えたいと思って取り組んでいます。ただプロダクトを届けるだけではありません。この信念は、シンプルで静的なWebページのあり方からの脱却という形で、Webデザインにも反映されています。
ユーザーとWebページの相互作用と、ユーザーの操作の過程でストーリーテリングが使われることで、より価値のある体験を提供できると考えています。いわば「次世代型UX」です。すでに多くのデザイナーがこの方向に進んでいて、どうすればより良い体験を提供できるかを考えていると思います。
──もしそのような方向転換がすでに起きているとしたら、今後10年または20年で、Web体験はどのように進化すると思いますか?
現在のWeb体験で、お馴染みの画面から脱却していくと思います。今後10年以内には、ARが急成長して主流になるでしょう。私たちは眼鏡型デバイスによるARのためのデザインを始めます。ハードウェアはあらゆるソフトウェアに追いつき、すべてはクラウドに保存されるようになるでしょう。5G通信の時代はすぐそこまで来ていますから、私たちはより強力な接続手段を手に入れることになるでしょう。
すでにビッグデータによる監視が問題になっており、私たちのオンラインでの行動がすべて記録され、プロファイリングに利用されているということは恐ろしいことです。加えて私は、5G通信が私たちの健康に及ぼす影響についてとても心配しています。EUに対する訴えとして、36ヶ国180人の科学者と医師たちが5G通信の危険性について警鐘を鳴らしています。
──今日(こんにち)では多くのVRテクノロジーが使われていますが、ARはそれほどではありません。VRの方がARよりも注目を集めているようにも思えますが、いかがでしょうか?
VRは、誰もがそれを利用したときに「their fifteen minutes of fame(15分間の名声)」を得ました。ひと時のブームとなったのです。しかし、個人的な見解としてはAR、あるいは複合現実の方がより早く実現と考えています。なぜならそれらの方が、VRよりも扱いやすいからです。VRゴーグルは重くて実用的ではありません。もちろん、VRが与えてくれる体験はより刺激的ですが、いまはまだ日常的に使うツールではないのです。手軽にAR体験を作る出せるプラットフォームSpark ARをFacebookが開発していますが、それを考えても現在最も主流の新技術はARといえるでしょう。

── ARアプリを使っている会社もありますよね。たとえばIKEAアプリを使うと、自分の環境に家具やアイテムを置いてみることができます。まだARを使っていない業界やジャンルで、今後使われるケースはあるでしょうか?
製造業、バリューチェーン、交通、医療、ヘルスケア、旅行など、ARはさまざまな業界で使われると思います。実際に検討している会社もありますが、投資に対するリターンを考える必要があるため難しい場合もあります。残念ながら企業のリーダーは未来志向の変化を組織にもたらそうとすると、厄介な官僚主義に阻まれて身動きが取れなくなることが多いのです。
AR体験は個人向けであることが多いのですが、ARを企業向けサービスに使っている会社もあります。特に新型コロナウィルスによるパンデミック以降、製造業やファッション業界の方とお話しすることが非常に多くなりました。世界的に展開している企業にとっては自社製品を小売業者に直接見せることができないので、バーチャルな方法が必要です。新型コロナウイルスは多くの会社が先進的なテクノロジーに移行することを真剣に検討するきっかけとなりました。それにより彼らがテクノロジーの重要性に対する理解を深め、テクノロジーを活用した方法を採用する自信を深めたといえるでしょう。
── これらは間違いなくパンデミックがもたらした好ましい影響のひとつでしょう。人々が(バーチャルで)以前よりも繋がるようになったことで、世界はますますひとつになったとよくいわれます。以前はもっとテキストに依存していましたし、ビデオ会議もたまに行う程度でしたが、パンデミックの間人々は対面でのコミュニケーションの手段としてビデオ会議を行うようになりました。この傾向によって、サービスへのアクセスの問題は起こっていないのでしょうか? ビデオ会議を行うには、デバイスやインターネットへの接続が必要です。ある種のマイノリティや孤立したコミュニティにとっては問題になっていないのでしょうか?
おっしゃる通りです。私たちは単にテクノロジーを進歩させることだけにフォーカスすべきではありません。こうした体験をデザインする際には、包括的であることを目指し、すべての人が利用できる体験を提供する方法を模索しなければなりません。今日(こんにち)、世界で10億人もの人々が携帯電話を持ち、およそ5億人がインターネットへアクセスできる状況となりましたが、銀行口座がなく金融システムから取り残されている人がまだ17億人もいるのです。

── たとえば、豊かになった社会でARが主流となったとします。その場合、テクノロジーを使うためのツールや手段がない一部の地域は取り残されてしまいますよね。テクノロジーの進化が一層大きな格差を生み出すことになるのでしょうか?
これはすでに起こり始めています。この問題は、テクノロジーが資本主義システムの一部であり、ハイテク企業が利益を得るためにしているという大きな議論を引き起こしています。テクノロジーは単なる技術ではなく、そこには企業、お金、社会、文化が複雑に絡んできます。きっと、これはさらに大きなギャップを生み出すでしょう。なぜなら、それが現在の西側社会の仕組みだからです。
しかし、私はテクノロジーが身近なものになればなるほど、そうした大きな仕組みの中にいることを喜ばない人たちや、独学で学ぶ人々が、その格差を埋めるようなデザインとサービスを作り出そうとするだろうと思っています。10年前あるいは20年前であれば、ある種のサービスを作り出すにはその道のエキスパートであり、しっかりしたインフラを持つ必要がありましたが、いまはYouTubeという最高の学校があります。そのため、このようなことが起こる可能性は以前よりもずっと高いと思います。
── The Wørmholeではオープンソースのソフトウェアを中心に紹介していますが、それはどうしてでしょうか?
私自身が、オープンソースのソフトウェアの価値を強く信じているからです。人々が利益のためではなく、お互いの役に立つためによりよいプロダクトを作るという行為は、デジタルにおける正しい価値観の表れです。しかし、ある意味でオープンソースは利益をもたらします。なぜなら、オープンソースとは誰もが利用と更新ができるものであり、その開発が最終的には有力な投資家を惹きつけるからです。また、オープンソースは高価なソフトウェアを手に入れられない人も利用しやすいからです。
── 現代のテクノロジーは、私たちの社会生活にどのような影響を及ぼしていると思われますか?
テクノロジーは私たちの生活をより便利なものにし、そのおかげで私たちの寿命や生活の質は向上しています。また、より多くの人とつながることができるようになりました。これは、私たちの持っているツールを使って、よりポジティブな影響を与えることができるようなったことを意味しています。テクノロジーによって私たちはバーチャルで、これまでよりもつながりを持つようになりましたが、物理的な意味ではより孤独になったと言えます。コミュニティはますます細分化されています。
また、私たちのデータが大統領選のキャンペーンに利用され、成功しているのを目にすることもあります。これは、人々を監視する資本主義がもたらした結果です。テクノロジー企業はアルゴリズムを作り、ユーザーに合うプロダクトを売ることで利益を得ています。プロダクトだけでなく、大統領候補者に対する意見や投票に関する考え方すらも、アルゴリズムの影響下にあるのです。
── いまあるプラットフォームやソーシャルメディアの代わりになるような、よいプラットフォームはありますか?
アルゴリズムから身を守るために使えるツールはあります。たとえば、ChromeにはFacebook用の拡張機能があります。これを使うことで、アルゴリズムを阻害し自分の行動の記録を防ぐことができます。
しかし、ソーシャルメディアの世界では行動を起こし、自分の世界を広げるように努力しなければなりません。アルゴリズムを欺くためにどんなに努力したとしても、結局同じ結果が出てしまうことは少なからず起こり得ることです。だからこそ私たちは、自分とはまったく違う考え方の人と話をしたり、本を読んだりする必要があるのです。ソーシャルメディアと現実の世界のどちらにも出て行くようにしましょう。
──中国では、国民を「社会的信用」でランク付けする制度を2020年に導入しました。人々は行動によって報酬を得たり罰を受けます。これは、政府が国民をコントロールのひとつの方法ですよね。
私は、文化とテクノロジーの関連性についてとても関心を持っています。中国やアジアでは、ヨーロッパとまったく違う形でテクノロジーが受け止められていると思います。加えて、中国は権威主義的な政府です。そのため、個人の自由は、テクノロジーの進歩以前から存在していませんでした。テクノロジーがこのように利用されていると考えるだけで恐ろしいです。
一方でテクノロジーが社会に対してポジティブな影響を与える例もあります。たとえば韓国は、コロナウイルスの危機をテクノロジーで驚くほど効果的に処理しました。しかし、この対策は政府が市民のプライバシーを侵害したというネガティブな側面も持っています。私は基本的に個人のプライバシーを軽視する政府には反対ですが、このように物事には良い面と悪い面があるものなのです。
他にも政府が国民をコントロールする方法としてメディアもあります。欧米人は自分達が、他国の文化や政府に対して偏見を持っていることを認めるべきです。これらは自国のメディアによって形成されたものです。もしあなたが欧米出身であったり、数年住んだ経験があったりしたら、きっとこの問題がどうして起こっているのか、そして問題の本質をより深く理解できるはずです。私はこれを擁護するつもりではなく、私たちが受け取る情報にはフィルターがかかっているといっているのです。情報源に多様性を持たせ、できれば複数の言語で情報を得るようにしましょう。

── これまでのAR経験や新たなAR技術を活用して、人々に発言権を与え体系的な抑圧に立ち向かおうとしていますが、具体的な例はありますか?
私がいま取り組んでいるプロジェクトで、間もなくお見せできると思います。詳しくはまだお話しできませんが、一般的にいえることは、社会的にインパクトを与えるものをデザインするためには、強い意図を持つことが重要であるということです。人々に発言権を与えようとすることは、形だけの平等主義や自分の利益のために人々の発言を利用することとは違います。
他社の具体例としては、ひとつ興味深いものがあります。1、2年前にアメリカのMovers and Shakersという組織があるARアプリを作りました。街中にある奴隷制の加害者モニュメントや銅像が、黒人コミュニティの人々や活動家、女性と入れ替わるというアプリです。しかし対象となる像が、昨今のBLM運動の中で川に投げ込まれてしまったのです。像がなくなった現在の状況を思うと感慨深いですよね。
Written by Giorgia Lombardo(Design Matters)
Translation brought to you by Spectrum Tokyo



