あなたならどう作る?「この世界で自分だけしか使わないアプリ」

どんな形であれ、なにかを作ったことがある人であれば、それを多くの人に手にとってもらいたいと考えるのは自然なことでしょう。仕事でものづくりをしている人なら尚更です。その気持ちゆえにターゲットをうまく絞れないという悩みもよく聞きます。

大体の場合は「多くの人に届ける」「届けたい人に届ける」ことを前提に考えて作りますが、今回は真逆の発想をしてみたいと思います。「この世界であなただけしか使わないものを作ってください」というお題に、あなたならどう答えますか?

これは私たち「視覚伝達情報設計研究室(通称・視伝研)*」が取り扱ったテーマです。視伝研メンバーがそれぞれ「世界で自分だけしか使わないアプリ」を考えてみました。今回はメンバー各々が簡単なプロダクトを企画し、投票形式でそのアウトプットの出来を競います。

※ 視伝研(しでんけん)とは…?

UXUIデザインを楽しく研究するチーム。UXUIデザイナーを中心にものづくりに関わるメンバーが集まり、興味のままに試作や実験を重ねている。「すぐに仕事で使えなくてもいい、デザインを楽しむために学ぶ」がモットー。[視伝研Webサイト

しかしこちらのお題、実際に考えてみると想像以上に難しいのです。実際に視伝研のメンバーで話し合い、それぞれが企画を考えてみました。ここからは私たちが七転八倒しながら「自分だけのアプリ」を企画する様子をお楽しみいただきながら、ぜひあなたも考えてみてください。

実験その1:ペルソナを究極に狭めてみる

まず、いわゆる「ペルソナ」を作ってみました。一般的なペルソナは、複数人のリサーチ結果をサマライズして制作する、「個人っぽく見えるたくさんのユーザーの概念」です。このペルソナが本当に「個人」になってしまうまで詳細化していき、それをもとに作ってみる、というのがひとつめの作戦です。…しかし残念ながら、このやり方は途中で挫折しました。

ペルソナには項目があります。例えば、名前/年齢/性別/職業/居住地/趣味など。こういった属性情報を埋めただけでは、日本国内だけでも当てはまる人が何人も出てしまうことでしょう。では、どういう項目を作れば「自分だけ」になるのでしょうか?

変わった趣味?悩み事?目標?いいえ。インディーゲームが趣味で、ダイエットに悩んでいて、TOEICの勉強をしている同年齢の女性がこの地域に私1人だけとはとても思えません。

では、もっと詳細な地域や経歴を増やす?確かに私の部屋でだけ起動できるツールなどを作れば、「私しか使わない」と言えるでしょう。しかしそれならば、指紋で開く自分専用アプリケーションを作れば話が終わってしまいます。これではもうターゲットではなくセキュリティの話です。このお題、こんなにつまらない話だったっけ……?と、私たちは悩み始めました。

インサイトから作ろうとすれば、どうしても「自分」という人間の心がいかに「唯一でないもの」の集まりからできているかにぶつかります。私が欲しいものは大体、他の誰かも欲しいのです。かといって表面的な「自分を構成する属性」で絞り込むことをゴールにしてしまえば、このトピックは作品でなく言葉で完結してしまう。せっかくクリエイターが取り組むお題なのですから、クリエイティブな話をしたいではありませんか。

実験その2:複数の「マニアック」を掛け合わせる

ここまで考えた時点で、私たちは「自分」の概念がよくわからなくなってきていました。脱線して宗教や哲学の話をし始めるメンバーも現れはじめ、かなり迷走しています。

そんな中とあるメンバーが、「サウナ」と「自転車」、彼のふたつの趣味を掛け合わせたアイディアを持ってきました。「この世界で自分だけ」というには少々ありきたりかもしれません。両方を嗜んでいる人も少なくないでしょう。しかし、こだわりすぎて思考が停滞していた私たちに、このアイディアは雷のように鮮烈に初心を思い出させました。

「この世界で自分だけ」の精度にこだわるだけでは、先に述べた通り、セキュリティを固めれば話が終わってしまう。このテーマで成すべきことは「自分以外にとってはおそらく意味がないことに、デザインと機能を与えてみること」だ。

先ほどは「自分だけ」を叶えようとするあまり、とにかくペルソナの項目を意地悪にして、絞り込み結果 = 自分ただひとりにすることだけを目的にしてしまっていました。ここでペルソナの本来の使い方に戻り、自分の悩みや願いを叶えられるものを考えていくことにします。ただし、このとき複数のニーズを同時に叶えられるものを考えることで、インサイトを尖らせていきます。
このやり方により、「自分以外にとってはおそらく意味がないこと」を見つけることができるようになってきました。

実験その3:独特すぎる「刺さりどころ」を満たすことだけを目的にする

前項の気づきにより筆が乗った私たちは、少しずつ各々のアイディアを形にし始めました。そして相互レビューをする中で、私は自分たちの職業病(?)に気が付きました。機能や要素が多いのです。「よりたくさんの願いを叶えたい」という気持ちゆえでしょうか。それとも、デザイナーの魂に染みついたサービス精神でしょうか。

しかし、今回の目的は自分しか使わないものを作ることなのです。たくさんの要素を作れば、その中のどれかがウケてしまうかもしれません。投げる球が少ないほどウケる確率は下がるだろうと私は考え、機能をなるべく1つに絞るべきだと判断しました。
しかも、「よりによってその機能だけかよ!」と突っ込みたくなるような、独特なツボを残すのがポイントです。

この調整が案外難しく、作業中のメンバーからは「自分も要らなくなってきた」というコメントが挙がっていました。それではいけません。あくまで「自分は欲しい」というラインを守りながら、企画を整えていきます。

この段階までくるころには、自分の作品に謎の自信が生まれてきていました。

なにせ一般的な便利機能も、楽しまれるであろう要素も、すべて排除したのです。「こんな意味不明なものが欲しいのはさすがに私だけだろう」という根拠のない確信を持って、ついに作品が完成しました。

投票!

さて、いよいよ検証です。

Notionでメンバー全員の企画書ページを作り、27名に投票を依頼しました。作品に作者の名前は記載せず、投票者も匿名です。先入観や忖度を排除して企画の内容だけで判断してもらおうというわけです。

そして投票の際も、ちょっとした工夫をしています。「自分しか使わないアプリ」というテーマは伏せて、「一番欲しいと思ったものに投票してください」というダミー企画で投票を呼びかけました。つまり、最も票の少ないアイディアが、より「自分だけに刺さったアプリ」であるとして優勝するということです。

なお、作品の企画内容はオリジナルですが、画面イメージはChat GPTやFigma MakeなどのAIを活用して制作しています。企画検討には約1ヶ月ほどを要したものの、絵作りにかかった期間はおそらく1日未満です。今回のように発想力を競うイベントにおいてはありがたい話ですね。

では、エントリーした作品たちの概要をご紹介しましょう。

エントリーナンバー1:無限に戻るボタンシミュレーター

“戻る”ボタンを押すたびに、1日ずつ過去へ遡る感覚を味わえるアプリ。

画面にはニュースや天気など、戻った日の情報がリアルに再現されます。当時の後悔を記録すると、AIが「もしその選択をしていたら…」とストーリー化してくれます。「戻ってる気がするだけ」を楽しめる内省ツールです。

エントリーナンバー2:MindPebbles(マインドピブルス)

一日の体験や感情を短い言葉で記録し、その内容に応じた“いし”を生成するアプリです。印象に残った言葉を入力し、感情の大きさ・柔らかさを選ぶと、AIによって見た目やサイズの違う“いし”が生まれます。集めた“いし”は一覧でき、過去の気持ちを見返すことも可能です。かわいらしいビジュアルで、自分の心の動きを楽しく可視化できます。

エントリーナンバー3:サウ輪

自転車で行くサウナ巡りをもっと楽しくするアプリです。現在地や条件(外気浴可、水風呂あり、タオル無料など)で施設を検索し、地図で表示。自転車ラックの有無や距離もチェックできます。走行ルートや立ち寄りスポットの記録、友達とルートやおすすめスポットの共有などができ、サイクリングもサウナも楽しめます。

エントリーナンバー4: マーダーミステリーの最初のキャラを選ぶところだけできるアプリ

マーダーミステリー(※人狼ゲームのように犯人役のプレイヤーがいる推理ゲーム)の冒頭部分、「キャラクター選択」だけを楽しめるアプリです。

物語の導入と5人のキャラの簡単な情報から、自分がなりたい役を選びます。すると、選んだキャラが「犯人かどうか」だけが表示されます。自分が犯人ではありませんように……!と願いながらキャラ設定ファイルを開く、「あの瞬間」のドキドキだけを楽しむことができます。

エントリーナンバー5: HopDNA

クラフトビールの原料であるホップや酵母の情報を検索・比較できる専門アプリです。香り、苦味、成分、産地、アロマ特性などの詳細データを収録し、タグで好みの特徴を絞り込み、条件に合うビールを表示できます。気になる銘柄はプロフィール化でき、素材ごとの使用例や組み合わせ提案も参照できます。素材から新しいビールとの出会いをサポートします。

…以上です。

メンバーが持ち寄った企画たちを見て、我々は思いました。

確かに、なかなか尖ったものができた。しかし…「どれもちょっと面白そうになっちゃってないか?」と。これはやはり私たちの職業病なのでしょうか。それとも人のインサイトというものは、どこまで尖らせたつもりでも必ず誰かが共感できてしまう…そういうものなのでしょうか。

苦し紛れに「私の作品はわざわざネイティブアプリでDLするほど欲しくはないと思うけどな〜?」などと弁明しつつ、さっそく投票を実施します。さて、最も自分だけに刺さった作品は、どれだったのでしょうか…。

結果発表!

6票:無限に戻るボタンシミュレーター
9票:Mind Pebbles(マインドピブルス)
0票:サウ輪
7票: マーダーミステリーの最初のキャラを選ぶところだけできるアプリ
5票: HopDNA

「いや結局サウナ×自転車のやつが優勝するんかい!!!」と、私たちは心の中で全力のツッコミを入れました。

途中経過をサクッと読み飛ばしてしまった方は「実験その2」の項まで戻ってみてほしいのですが、「自分だけ、というにはありきたりかな〜?でも良い感じの試みだね!」などと若干上から目線でレビューされていた作品がぶっちぎりで優勝してしまいました。実験2〜3の試行錯誤の時間は一体なんだったのでしょうか。作者であるメンバー本人も「いや〜、結局みんなに欲しがられるものを作っちゃったかな〜(笑)」と思っていたらしく、優勝したはずなのに少し傷ついていました。

ちなみに、投票ページには匿名のコメント欄が設けられており、あたたかい感想も届きました。

・どの案も「体験してみたい」と思わせる工夫がありました!
・サービス設計やコンセプトの伝え方の勉強になりました!

嬉しいですね。優しいコメントから、「何事も狙うとうまくいかない」というシビアな教訓が伝わってきます。

とはいえ、今回の調査対象者の人数は決して多いわけではなく、属性も偏っていたので、もっと人数を増やせば結果は変わるだろうと考えられます。あなたが欲しいと思ってしまったアプリはありましたか?

おわりに

今回のテーマに取り組んでみて、メンバー同士で話したことがあります。

もしかすると、誰かが作りたいと思って作ったものであれば、それは必ずこの世の誰かが欲しいものなのではないだろうか。

もちろん、ビジネスにするにしては欲しがる人が少ない、ということはあるでしょう。欲しい人はいるのにその人に届いていない、ということもあるでしょう。「UIのクオリティが上がれば欲しい」とか、「動作が早くなれば欲しい」とか、今はなにかの要素が気に入らないけど本当は欲しい、ということもあるかもしれません。

でも、生まれた瞬間から誰にも愛されない作品なんて、この世にないのではないかと思うのです。なんといっても、そうであれと願って作ったとしてもうまくいかないのですから。

デザイナーの仕事において、「作っているものをどういう人に届けたいのか」を明確にし、ぶらさずにおくのはとても大事なことです。しかし、「特定の誰かが絶対に欲しいものを作れば、それ以外の人にもどうせ愛されてしまう」という隙を体感しておくのも、ものづくりのバランス感にきっと役立つのではないでしょうか。

さあ、この世界であなただけしか使わないもの、思いつきましたか?

著:視伝研 山下 アンジェリカ 沙織

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視伝研(視覚伝達情報設計研究室)

UXUIデザインを楽しく研究するチーム。UXUIデザイナーを中心にものづくりに関わるメンバーが集まり、興味のままに試作や実験を重ねている。「すぐに仕事で使えなくてもいい、デザインを楽しむために学ぶ」がモットー。 視伝研note

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