建築現場からUXへ。身体で学んだコラボレーションの本質

あなたの最初の仕事はなんですか?

ものづくりやデザインに関わっている人でも、最初の仕事が現在と直接つながっているとは限りません。ただ、過去の経験がいまに活きていることも多いのではないでしょうか。このシリーズでは、「最初のキャリア」がどのように現在の仕事に活かされているのかをたずねていきます。

今回は建築現場(大工・測量)からキャリアを始め、現在はプロダクトデザイナーとして活躍するKwang Jae Kim(KJ)さんに最初のキャリアについてお話を伺いました。

金 匡宰(きむ・くわんじぇ / K.J. Kim)|プロダクトデザイナー
建築の現場からUX職へ。現在は、チームや職種、国や文化を越えた協働を軸に、プロダクト開発に取り組んでいる。

図面だけで終わらない空間づくりを求めて現場へ

━━ 現在はデジタルに関わるお仕事を中心にされているとのことですが、デザイナーとしてどのようなお仕事をされてきましたか?

直近まではフリー株式会社でプロダクトデザイナーをしていました。会計や人事労務のSaaS開発で、英語を強みに日本のビジネス側とフィリピンのエンジニア側の橋渡しをしながら、アプリのデザインをしていました。既存プロダクトのグロース/改善であったり、新規開発で課題の発見や戦略づくり、幅広くデジタルプロダクトを形にしていました。

それ以前は、Adobeで描画アプリの「Adobe Fresco」や、誰でも簡単にビジュアルを作れる「Adobe Express」のユーザーリサーチとデザインを担当していました。アメリカやヨーロッパにいるプロダクトマネージャーやデザインチーム、インドにいるエンジニアチーム、日本にいるマーケティングやQAと、国を超えたチームで開発を進めていました。

また、海外と日本をつなぐデザインコンサルでUXデザイナーとしての経験もあり、振り返ってみると、デジタルのキャリアはクライアントワークとインハウス、半々くらいです。

━━ そんなKJさんの最初のキャリアはなんですか?

私のキャリアの原点は建築の現場であり、大工です。幼いころから「家を作りたい」という夢があり、アメリカの大学に建築の設計を学びに留学しました。

当時はモデリングやCADなどのデジタルよりも、手描きで図面を引いたり、模型を手で作ったりと、手を動かして空間を考えることに強いワクワクを感じていました。自分の中で「建築とはどう形づくられていくのか」を、より身体的に理解したいと思うようになったんです。

帰国後は、設計事務所でインターンをしていたこともありましたが、建物が実際にどう作られていくのかを自分の身体で確かめたくて、建築現場に足を運びました。特に持続可能な建築や在来工法(柱と梁を木材で組んで家を建てる、日本の伝統的な工法)に強い関心を持ち、各地の専門性の高い大工の元で働かせていただきました。もちろん最初は現場での掃除からの貢献でしたが、古い建物を解体する中、再構築するのに少しずつ道具も使わせていただき、学びと発見の日々でした。

木造建築だけではなく、鉄骨やコンクリートの現代の高層ビルの現場でも学びたいと思い、測量をしていたこともあります。杭を打って、土地のサイズを確認したり、建物を建てるための基準線を糸や墨壺でミリ単位の正確性で印付ける仕事です。現場ごとに図面に書かれた内容を実寸サイズ(現寸)で現場に描き出していきます。これは大体ペアを組んでやる作業なのですが、パートナーと息合うコミュニケーションをとらないと想像以上に大変な仕事になります。

どの現場でも休憩中は、学びや気づきを小さなメモ帳に書き留めていました。大工や測量の仕事を通じて、素材や構造、工程を学び、そしてチームとの息の合ったやり取りを重ねる中で、ものづくりの本質を少しずつ掴んでいった気がします。

そうした経験を通して、自分の関心は建築の「物を作ること」から「人と協働して仕組みを作ること」へと広がっていきました。その延長線上に、今のプロダクトデザインとUXの仕事があります。

測量の頃。手の甲に書いた数字も、土のついたノートも、いっぷくの合間に必死で書き留めていた学びの跡

━━ 大工として建物を作ることとデジタルサービスを作ることは、すごく遠いように感じられますが、共通点はあるのでしょうか?

共通点はどちらも「体験を加味して形にする」ことだと思います。

家づくりへの関心は、昔からずっとありました。子どものころから、家の間取りを考えたり、家の絵を描くのが好きでした。明るくて、温かい場所を作りたいという気持ちがずっと根っこにあります。

大学で建築を学んでいたときは、手で図面を引いたり、模型を作ったりしながら、空間をどう感じるかを考えていました。でも、経験が浅く、図面の線はあくまで線でしかなくて、壁の重さや素材の手触り、匂いなど伝わらない。実際に現場に行って初めて、素材の使い方や空間づくりのイメージができ、図面の線と現実の空間がつながる感覚がありました。

手で考えていた建築学科時代。図面の線の意味を理解できず、模型を作りながら空間を感じ取っていた。

デジタルデザインでも似ていて、画面上のデザインはあくまで「線」や「絵」のようなものです。そこに「体験」を想像してデザインをしないとどこまでも平面的なままです。だから、自分の中では、UIやUXの設計も「建築」の延長のようなものだと感じています。

建築からUX職に移行していた初期頃はよく、段ボール製のプロトタイプを作って実際に触って検証していました。身体で確かめながら、初めてこの端末上で「こういう体の動きになる」「このボタンの位置は違うかも」と気づくことがあります。様々な環境やコンテキストを加味してデザインしていくと、一部の設計ではなく全体の設計となります。そういう「現場感覚」を、デジタルでも大切にしています。

数年後、手仕事の延長としてデジタルのUI/UXを「触れるもの」として考えるようになった。段ボールと紙で作っていた試作モデル。

── デジタル分野における素材とはなんですか?

デジタルの世界でも、「素材」は確かにあります。私にとっては、デザインツールやUIコンポーネント、そして最近では生成AIもそのひとつです。 

建築のときに木材を触りながら「どこまで曲がるのか」「どこで割れるのか」を身体で理解していったように、いまはAIを実際に使ってその「限界」や「特性」を確かめている感覚です。 

結局、ツールも素材も、それを使う人や文脈によって活き方が変わります。料理で言えば、同じ食材でもレシピや火加減でまったく違うものになる。デジタルでも、「素材」をどう理解し、どう活かすか。その感覚がデザインの深みを決めると思います。

アジャイル開発の基礎は建築現場で習得した

━━ 最初の仕事から現在に引き継いでいる哲学や考え方はありますか?

最初の現場のひとつに、静岡で築200年の家の再構築の現場がありました。建築士の祖父母の家を改修するプロジェクトで、彼の息子である一人親方の大工が手を動かして再生していくという、とても特別な現場でした。現場では毎日大工のそばで作業をしながら、設計図から実際の空間がどう形になるのかを学んでいました。

建築士と大工のやり取りを聞きながら、自分も「ここはフローリングをつけずに吹き抜けにしたほうがもっと開放的になるかもしれません」と感じたことや気づきを伝えることもありました。

そうした会話の中で、図面と空間のつながりを身体で理解していった感覚があり、現場でこそ生まれる発見が少しずつ形に反映されていきました。通常の現場では難しい柔軟な変更も、施主である建築士の理解と大工さんの経験、そして余裕ある進行のおかげで実現できたんです。

この経験から、設計や計画を超えて現場で学び、対話しながら形にしていくことの大切さを実感しました。それは今のプロダクト開発にもつながっています。

建築でもデジタルでも、完成図にこだわり過ぎず、実際に手を動かしながら、顧客や利用者にとってより良い物作りをする。その柔軟さこそが、ものづくりの本質と楽しみだと思っています。

静岡の現場で、古い梁の煤(すす)や樹脂を削り落とす作業。手で触れながら、建築が生きていることを実感した。

━━ 大工時代の思い出に残っている出来事はありますか?

特定の出来事というよりも、大工時代に積み重ねた日々そのものが印象に残っています。中でも特に強く記憶に残っているのは、前述の静岡での再構築の現場経験です。

この現場では、トータルで約1年、住み込みで働かせていただきました。最初は掃除や準備などの基本的な仕事から始まりましたが、次第に道具の扱いや物作りとの向き合い方を身体で学ぶようになりました。

大工さんは長年の経験をもとに、構造や素材に深い理解を持っていて、「どの柱と梁を残すか」「どこを新しくするか」を一つひとつ丁寧に確認しながら進めていました。私も一緒に「骨組み」を点検しながら、素材の活かし方や再利用の考え方を学びました。壊して作り直すだけではなく、残せるものは生かす。その姿勢に、物作りの本質を感じました。

現場では、家全体を一度クレーンで持ち上げて不同沈下で傾いた家を直すために基礎を打ち直したり、屋根瓦を一枚ずつ外して保管したり、仕上げで柿渋塗料を何度も塗り重ねたりと、地道な作業が続きました。雨の日も泥の中での作業でしたが、すべてが学びで、今でもその手触りや匂いを思い出します。

また、現場では大工さんだけでなく、板金の一人親方や応援に来ていた大工の一人親方、かつて大工だった年配の職人さんなど、たくさんの方々と一緒に汗を流しました。 皆さんの道具の扱い方や休憩のタイミング、片付けの丁寧さひとつにも「現場の哲学」があって、そこから本当に多くのことを学びました。

その現場では、隣にある家で大工さんと弟さんのご家族のもとで、私は住み込みながら一緒に食卓を囲んでいました。私自身、在日韓国人として日本の家庭で生活するのは初めての経験で、文化の違いを超えて温かく迎えてくださったことが強く心に残っています。私の母が送ってくれた韓国料理を皆で分け合ったこともあり、今でもその交流の時間を思い出すと自然と笑顔になります。

この現場で学んだ「人と人が一緒に何かを作ることの尊さ」と「文化を超えた協働の力」は、今の自分の仕事や生き方の中にも確実に根付いています。

静岡の現場で見上げた木組み。人の手が積み重ねてきた構造の美しさに、ものづくりの魅力を感じていた。

━━ 当時影響を受けた誰かの一言はありますか?

「周りの音を聴け。」 これは当時お世話になっていた大工さんから言われた言葉で、今でも強く印象に残っています。現場では、誰がどこで何をしているかを“音”で判断しろ、と。建設の作業はチームワークです。釘を打つ音、ノコギリを引く音、木を運ぶ音。耳を澄ませば現場全体の動きが伝わってきます。「自分の作業だけに集中するな。周りも気を張り、周りにどう貢献できるかを考えろ」という意味でした。

この教えは、今の仕事でも意識しています。プロダクト開発もチームで進める仕事です。SlackやMeetで日々のやり取りの中でも、誰が何をしているのか、どこで止まっているのか、どうすればサポートできるのか、「音を聴くように」意識してチームに貢献しようと働いています。

リモート中心の働き方では難しいこともありますが、努力はできる。オンラインで声を掛け合ったりして、「一緒に働いている感」をつくることを大切にしています。

一人で悩み過ぎず、人に会うことで道は開ける

━━ 当時の自分に、なにか伝えたいことはありますか?

悩む時間は誰にでもありますが、そこに留まりすぎず、まず動くことが大事だと思います。 

富山に建築大工や木工、造園などを学べる素晴らしい職人学校があって、ずっと憧れていました。二十代前半の頃にその存在を知ってから、実際に入学するまでに七年ほどかかりました。その間、働いてお金を貯めながら、準備をしながら、「いつ動くべきか」を探っていました。 

本や雑誌で見つけた職人さんや大工さん、建築家の方々に実際に会いに行っては、話を聞かせてもらいました。みなさん本当に温かく迎えてくださって、何時間も話してくれたり、次の現場や人を紹介してくれたり。そのご縁をたどるうちに、滋賀、名古屋、静岡、長野と、さまざまな現場を巡っていきました。 

ようやく富山の学校にたどり着いたとき、「もっと早く来てもよかったかもしれない」と思う一方で、7年間で自分の足で出会いを重ね、学んできたことが何よりも大きな財産になっていました。人とのつながりや、そこで得た経験こそが、自分の軸をつくってくれたんです。 

なので、今の自分から当時の自分にこう伝えたいです。「一人で悩みすぎず、動けば道が開く」と。考えすぎず、勇気を出して人に会って話してみる。私は本当に多くの人たちに支えられ、そうやって重ねてきた貴重な出会いが、今の自分を形づくってくれたのだと思います。

━━ これから挑戦したいことはなんですか?

今後は、AIとデザインの力で、「知ることが人生の一歩を変える」ような体験を広げていきたいと考えています。

特にお金や健康のように、生活に関わりが深いのにどこか敬遠されがちなテーマを、もっと自然にワクワクする学びに変えていきたいです。社会人になって最初の数年は本当にお金に余裕がなく、どうにかやりくりする日々でした。個人事業主になり、自分で経理することで、「お金の流れ」や「企業が投資する意味」に興味を持つようになりました。

同時に、デザインやテクノロジーが人の行動や考え方に影響する力を持つことも実感しました。だからこそ今は、AIとUXの視点を生かして、専門性や文化の違いを越えて、人と協働しながら、学びをより身近にし、人が自分らしく踏み出せる「きっかけ」をデザインしたいと思っています。

国や文化を越えても通じる「伝わるデザイン」を探ることが、今の自分にとっての挑戦です。

雨の日の現場のあとは、濡れた道具を廊下に並べて乾かす。翌日の測量の準備と気持ちの整理を兼ねて。当時の学びや体験を活かし新たなステップへ進む。

Written By

野島 あり紗

Specrum Tokyoの編集部員。マサチューセッツ美術大学を卒業後、ゲーム系制作会社やデザイナー向け人材サービスのスタートアップに従事し、2021年に独立。デザイン界隈のフリーランスとして現在は各種デザイナーの採用、執筆編集などを行う。好きなものはラジオと猫。

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