センスの壁を論理で超える。「デザイン・イネーブルメント」で誰もがデザインを使える社会へ
かつてデザインに挫折したという本村章さんが辿りついた、一般教養としてのデザインのあり方を説く「デザイン・イネーブルメント」。この思想は、どのように社会と私たちとをつなぐのでしょうか?デザインを特権的に扱うことは、人や組織の可能性を狭めているのでしょうか? 2026年1月に執行役員CDOに就任したスパイスファクトリー株式会社で進む、社会実装へのアクションと併せてお聞きしました。

本村章 | スパイスファクトリー株式会社 執行役員CDO
アメリカでコミュニケーションデザインを専攻。帰国後はIT企業に入社し、デザイン組織の立ち上げと事業成長を牽引。デザインマネジメントや人間中心設計における国内外のカンファレンス登壇や学術論文執筆も行う。2026年1月よりスパイスファクトリー株式会社に執行役員CDOとして就任。
デザインの問題解決アプローチを、誰もができるように支援する「デザイン・イネーブルメント」
── 本村さんが提唱する「デザイン・イネーブルメント」とは、どのような考え方なのでしょうか?まずはその概要から教えてください。
本村:「デザイン・イネーブルメント」は、その名の通りデザインとイネーブルメントの2つの言葉から成る造語で、一部の専門家だけでなく、あらゆる人々がデザインに参加できるようにするための環境づくりや仕組み化などの介入を指す概念です。

本村:ここでのデザインという言葉には、明確な系譜があります。1960年代から80年代にかけて、ロイヤル・カレッジ・オブ・アート(イギリスの国立美術系大学、RCA)を中心に、デザインを科学や数学、人文学などとは違った独自の性質を持つ思考法・学問体系として成立させようとする取り組みがありました。そこで提唱された「Designerly ways of knowing 」、つまりデザイナー特有の思考の仕方や問題解決へのアプローチをベースとしています。
一方、イネーブルメント(enablement)という言葉は、2023年初頭に注目されはじめた「セールス・イネーブルメント」「バイヤー・イネーブルメント」などの言葉を通じて出会いました。そこに含まれる「誰かが何かを行うことを可能にする」という意味合いに、ピンとくるものを感じました。
イネーブルメントという言葉の出典は、作業療法の分野にあります。作業療法は、日常生活に支援が必要な方にとって望ましい生活のあり方を軸に、さまざまな手段を用いて支援するというもの。コーチングをしたり、コンサルティングをしたり、実際にやってみせることもあるなど、介入する相手の状況に応じて自身のポジションや仕草を変えながら支援を行うのが特徴です。その支援の形が、僕がやりたかったことと重なったのです。
── イネーブルメント以外に、検討した言葉はありますか?
本村:よく似た概念として、メタデザインやエンパワメントという言葉も検討しましたが、しっくりきませんでした。メタデザインはソフトウェア寄りすぎる印象があり、エンパワメントは力を持っている側が持っていない側に分け与えるという、どこか上から目線のニュアンスを感じます。僕がやりたいのは、横並びもしくは下から押し上げるようなあり方で、主体はあくまでもデザインを使いたいと思っている本人にある状態です。イネーブルメントという言葉のチョイスには、彼らが主役であることを表現したいという思いを込めています。
挫折を救ったデザインの「論理」
── 「デザイン・イネーブルメント」に至る背景として、本村さんの原体験についても教えてください。デザインとの出会いは、どのようなものでしたか?
本村:高校卒業後に通った学校でWebサイトをつくる授業があり、そこでデザインに興味を持ったのがきっかけです。その後、アメリカの大学に留学してコミュニケーションデザインを専攻しました。特定領域のデザインに思い入れがあったわけではなく、CSSのタグをどう使ったらどうなるのかなど、仮説を立て、試行錯誤をして、検証のサイクルを回すうちにアウトプットとして形になることに惹かれた、という感じです。

本村:正直な話、当時はまだデザインへの興味がかなりふわふわしていました。でも大学の同級生は、暇さえあれば絵を描いたり、新しいアウトプットをつくったりと、「表現することが当たり前」の人たちばかり。僕は彼らのアウトプットを見て、説明を聞いても、それらをまったく理解できませんでした。きっと彼らには彼らなりの論理があるはずで、そこにたどり着くためには、僕も同じように膨大な時間をかけて表現を追求し続けなければならない。そのあまりの途方もなさに、「この人たちと同じ場所には一生たどり着けない……」と辛くなってしまいました。
── ある意味挫折を経験したんですね。どういったきっかけで、現在に至るデザインの道が拓けたのでしょうか?
本村:転機となったのは、大学3年生で履修したデザイン史の授業です。第一次産業革命の後に急激に巻き起こった、モダニズム、バウハウス、スイス・スタイルといった「デザインを論理的に考えるムーブメント」を知り、「この考え方であれば、自分にもデザインができるかもしれない」と感じたんです。手を動かしながらアウトプットをつくるスタジオ的なスタイルではなく、論理を土台としたデザインの考え方との出会いは、救いのようでもありました。
それまでの僕は、周囲のアウトプットに気を取られて、自分で自分の首を絞めている状態でした。でも仕組みが分かれば、自分にもデザインできるかもしれない。この気づきを得てから悩むこともなくなり、相手のニーズと向き合うことや仮説検証のサイクルに目を向けられるようになりました。
── 「仕組みが分かればできるようになる」というのは、本村さんにとって重要な感覚なのですね。
本村:実は、小学校のときにも同じような経験がありました。水泳の飛び込みができなくて、いつも胸を強打して痛い思いをしていたのですが、ある日飛び込みが上手な友達がシュッと入水する、その美しいフォームを見た瞬間に、「なるほど、そうやればいいのか」と一瞬で理解できたんです。それ以降、胸を痛めることはなくなりました。
理論として理解するにせよ、美しい形として理解するにせよ、自分の中で再現できる仕組みとして捉えられれば、それは誰にでも扱えるものになる。そういった感覚が根底にあるのだと思います。
一般教養としてのデザイン。それは誰にでもできるもの
── 「デザイン・イネーブルメント」の考え方は、どのタイミングで本村さんのなかで浮かんできたのでしょうか?
本村:さかのぼれば、大学3年生の頃から自分の中にあったと思います。デザイナーになるには長期間のトレーニングが必要で、食べていけるレベルに達するには時間がかかります。でも、デザインを使いこなせるようになる、つまりデザイナー的な問題解決の手段とツールを活用できるレベルであれば、もっと短期間でできるのではないかという仮説を当時から持っていました。
この考えがより確固たるものになったのは、大学卒業後に働いたサンフランシスコのデザインオフィスでの経験です。インフォメーションデザインを専門としており、サイバーセキュリティやスタートアップの複雑な情報を整理して美しく視覚化することに特化した組織でした。複雑なことを短時間で整理し、表現することが求められる環境で、問題解決の思考法としてデザインを実践していくなかで、「デザイン・イネーブルメント」の骨格が形づくられていきました。
加えて、IT系の開発・制作を行う会社に務めていた前職時代に、同僚何人かから「本村とプロジェクトをやると、わからなかったことがわかるようになる」「デザインってこういう風に考えるんですね」と言われたこともヒントになりました。デザインは誰にでもできるものだとする僕自身の考えが、ふるまいににじみ出ていたようです。
RCAが学問としてデザインを扱ったように、デザインは一般教養であり、数学や科学と同じように大人が身につけておくもののひとつだと考えています。その能力は先天的な側面もありますが、後天的に伸ばすことも可能です。デザインを専門としない人が自分自身の専門性とデザインを掛け合わせれば、新しい価値を生み出すこともできるはずです。
── その考えが、裏打ちされたと感じた出来事はありますか?
本村:前職で、システムエンジニアの方々を対象に、業務で使えるデザインを身につけるための支援をしたことがあります。
印象的だったのは、ある参加者の終了後のインタビューでの言葉です。これまではデザインには正解があるものだと思っていたそうですが、デザイナーの動きを間近で見ていて、答えがない不確実なものに向き合いながら、あるべき姿を「えいや!」と提示していく部分もあると気づいた、と。「これなら自分にもできるかもしれない」という言葉を聞き、考えが確信に変わりました。
もちろん、プロのデザイナーとして戦うレベルに引き上げるには別の訓練が必要ですが、それぞれの専門性を軸に、デザインを実践して意思決定できるレベルを目指すことは十分可能ですし、それが組織にも大きな強みをもたらすでしょう。
── それでも、誰でもデザインが使えるようになると、デザイナーの専門性や聖域が侵されるのではないかと懸念を持つ方もいるのではないでしょうか?
本村:まず、本来プロのデザイナーが経験を重ねて身に付けた専門性は、簡単に追いつかれるものではないはずです。だから、心配しなくていいと思います。AIによってある程度のクオリティのものが一瞬でつくれる時代になった今、それらとの差を生みだせる部分の研磨を突き詰めるのが、プロのやるべきことだと思います。
もうひとつ重要なのが、専門家性です。アウトプットをつくることができるという専門性ではなく、パートナーとして信頼されているか、業界に対してデザインのあるべき姿を打ち出せているかなど、専門家として社会から得た信頼や関係者からの期待を、多様な文脈で使いこなせているかどうかという観点です。この専門家性を身に付けていくことが、今後プロのデザイナーとして生き続けていくなかでは必要になると考えています。

第2創業期のスパイスファクトリーで、希望の循環を生み出すために
── 本村さんは2026年1月にスパイスファクトリーに参画されましたが、参画の背景には、どのような会社からの期待があるのでしょうか?
本村:当初代表から求められていたのは、100人を越える規模へと拡大した組織を整えながら事業推進していくことです。担当するInterface & Experience Design Division(以下、IXD)のメンバーが、より高いパフォーマンスを発揮して社会貢献できる仕組みづくりを行うことがミッションでした。
しかし、代表の高木に「デザイン・イネーブルメント」の考え方を説明したところ、大きな意義を見出してくれて、新しいスパイスファクトリーのパーパスと接合するような重要なコンセプトに据えることになったんです。
スパイスファクトリーは、「Priority5」として教育、医療介護、公共、気候変動、ガバナンスの5つの領域に焦点を当ててプロジェクトを請け負っています。高木は、社会貢献と経済的成長の両輪を実現するために必要な考え方はすべて取り込もうと考えており、そこに「デザイン・イネーブルメント」がフィットしたのです。公共分野の人たちと一緒にやるのはどうか、社会インフラを手掛ける人たちとはどうかなど、複雑な課題を解決していくためのひとつの方向性として、今後「デザイン・イネーブルメント」の考え方を活用していくつもりです。

── 参画してまだ日は浅いですが、具体的にどのようなことに着手されているのでしょうか?
本村:まずはIXDの組織再編に着手しています。実はスパイスファクトリーのデザイナーは、多様なバックグラウンド出身の方が多く、デザインの専門性に対してはこれまでそれぞれのメンバーが試行錯誤をしてきたという経緯があります。
そういった背景もあり、多様性の高い組織の中心にデザインを一本の軸として通していくことが、まず求められています。また、AIの登場によって専門性を越境しやすくなり、エンジニアもPMもデザインの領域に踏み込みやすくなりました。そこをつないでいくのも、スパイスファクトリー社内における「デザイン・イネーブルメント」の実践と言えるでしょう。
── 「デザイン・イネーブルメント」が、会社のあり方にも大きく作用しているのですね。
本村:そうですね。現在、スパイスファクトリーでは10周年に合わせてコーポレートサイトのリニューアルを進めており、そこで新しいビジョンとして「希望の循環」という言葉を掲げようとしています。その希望を見出すには、お客様自身が「自分たちでもやれるかもしれない」と思えることが不可欠で、これこそがまさに「デザイン・イネーブルメント」の本質と接続する部分だと感じています。今回の刷新により、希望を循環させる仕組みづくりや関係者のケイパビリティを高めていくことの重要性を、会社の軸として据えることになります。
これだけ幅広い関係性にも適用できるように「デザイン・イネーブルメント」の考えを拡張していけるかどうかは、僕にとっても大きな挑戦です。より効果的、効率的に「デザイン・イネーブルメント」を伝えるにはどうすればよいか、アプローチや手段の拡張を図っているところです。
── 「デザイン・イネーブルメント」の浸透の先に、数年後スパイスファクトリーはどのような組織になっていることを願いますか?
本村:スパイスファクトリーは、幅広く周囲との関係性を大切にしている会社です。お得意様はもちろん、パートナー企業、社員の家族、そして私たちが拠点を持ってる地域の住民の方などにもその目線は及びます。彼らと関係を築き、ありたい姿、あるべき姿を尊重しながら事業を行い、社会をより良くしていきたい。その関係性のなかで、変化の起点となり、革新の触媒となるような動きが、高いレベルで実現できているといいなと考えています。
そのためにも、まずは僕たちがプロのデザイナーとして自信を持ってお客様と向き合うことを通じて、お客様自身がデザインの力を信じ、自分たちの組織に取り込んで実践できるよう支援していきたいですね。その触媒となるためにも、「デザイン・イネーブルメント」の考え方がより重要になっていくでしょう。
提供 スパイスファクトリー株式会社
コーポレートサイト https://spice-factory.co.jp/
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