同級生の回答が見えるとどう変わる?「スクールタクト」がデザインする協働的な学び
小中高から大学、塾に至るまで全国で2,500校以上で導入されている「スクールタクト」。あらゆる科目に対応し、リアルタイムの学習状況共有や授業中のチャット、AI機能など、独自の機能を備える授業支援クラウドです。彼らが届けたいのは、どのような学びのあり方なのでしょうか?プロダクトの哲学から実装における試行錯誤まで伺いました。

後藤 正樹|株式会社コードタクト 代表取締役 CEO
早稲田大学教育学研究科博士課程満期退学、洗足学園大学指揮研究所を卒業。大手予備校にて物理科講師、教育系企業でのCTOを経て、現在、株式会社コードタクト代表取締役、株式会社スタディラボ取締役、また、デジタル庁にて非常勤国家公務員として教育のデジタル化を進める。
これまでに総務省プロジェクトマネージャーや教育委員会の委員なども務める。またエンジニアとして、情報処理推進機構(IPA)より未踏スーパークリエータに認定、指揮者としては琉球フィルハーモニックオーケストラ指揮者などを務める。
学びの本質を追求する授業支援クラウド「スクールタクト」
── まずは「スクールタクト」について、教えてください。
後藤:「スクールタクト」は、学校教育における協働的な学びの実現を目指して開発した授業支援クラウドです。GIGAスクール構想(*)によって児童・生徒1人1台端末が基本となり、タブレットやPCなどさまざまなデバイスで利用されています。
これまで学びと言えば、「一人で教科書に書いてあることを覚えること」と捉えられがちでした。しかし学校という場の本質的な価値は、子どもたちが集まって対話や議論を通して学びを進めていくことにあります。自分で考え、選択したことを、互いに持ち寄って妥協点や最適解を見つけるプロセスこそ、学校における学びの本質です。
* 2019年に開始された、全国の児童・生徒1人に1台のコンピューターと高速ネットワークを整備する文部科学省の取り組み

── 教育現場において、「スクールタクト」が解決したいのはどのような課題でしょうか?
後藤:端的に言えば「教員が一方的に同一の内容を教えるだけの一斉授業をなくすこと」を目指しています。人を大量に集め、短期間で知識をインプットする一斉授業は、アナログの世界では最適な学び方でしたが、デジタルが普及した現代においては最適解とは言えません。
私自身も教職を経験しましたが、先生が黒板に書いたことをノートに写すだけという受動的な学びのあり方に違和感を覚えました。自ら意見を言ったり、わからないことを聞いたりする主体的な学びの場にする必要があると感じたのです。
協働的な学習の場を新しい文化に
── 「協働的な学び」を実現するために、具体的にどのような仕組みを実装しているのでしょうか?
後藤:「スクールタクト」では、デジタルワークシートに書いた内容がリアルタイムで先生や子どもたち全員に共有されます。学んだことや教科書の内容に対する感想・回答がシェアされるため、子どもたちは「自分にはなかった視点」を発見し、理解を深めることができます。

後藤:アナログ型の授業では、先生は「机間巡視」をして子どもたちの様子を見ていましたが、恥ずかしさからノートを隠してしまう子も少なくありませんでした。
そこで私たちが目指したのは、「問答無用で回答が公開される場」をつくることです。人は、場の前提が変わるとマインドも変わるもの。たとえば、普段はキャラクターのカチューシャを人前でつけることが恥ずかしくても、ディズニーランドでは恥ずかしさを感じずに楽しむことができます。リアルタイムでお互い回答が見えることを前提とすることで、子どもたちの「恥ずかしい」という気持ちをなくし、新しい文化を醸成することを目指しました。
── その発想は、先生方にはどのように受け止められましたか?
後藤:これまで一斉授業の形で成立していたところに新しくデジタルツールを取り入れるわけで、授業の型が決まっている先生からすれば面倒なはずです。だからこそ私たちは、「こういう機能があったら、今までできなかったことができる」と、潜在的なニーズに刺さる提案を大切にしました。
── どのような要素を提案されたのでしょうか?
後藤:「喜び」と「業務負荷軽減」のふたつの側面からアプローチしました。
まず喜びは、本当はやりたかったのに、アナログでは実現できなかったことです。たとえば、リアルタイムで全員の回答が見れる機能は、アナログで言えば、すべての子どもたちがワークシートの回答を黒板に書くことに相当します。二度手間ですし人数的にも難しかったこの行動が、「スクールタクト」なら瞬時に実現できます。
次に業務負荷軽減は、先生の面倒や負担を取り除くものです。先生にとって最も大きな負担の一つであるワークシートの印刷・配布・管理の手間が一切なくなるのは、大きなメリットです。私たちは、こうした現実的なメリットと理想の両輪で導入を推進していきました。
── 先生方は、このリアルタイムでの閲覧機能をどのように活用しているのでしょうか?
後藤:サポートが必要な子や、共有すべきアウトプットを効率的に発見するために活用いただいています。回答を書けていない子を見つけて、手が止まっている原因を探ったり、早く終わった子には次の問題を出したり、良い答えを書いている子を見つけるのにも役立てていただいています。
今後はAIによって、さらに高度な活用が可能になります。たとえば、クラス全員の意見や感想をワンクリックで分類し、同じ分類の子同士でチームになって議論を深めてもらう、といったことも可能です。これは、子どもたちの回答がリアルタイムでデジタルデータとして集約され、構造化されるからこそ実現できることです。
秘めたる力が発火する、子どもたちの緩いつながりのデザイン
── 子どもたちの多様な属性を考慮して、デザイン上留意したことがあれば教えてください。
後藤:「瞬発力が優位な学校の授業のなかで、読み書きが得意な子を救う」といった側面があります。学校の授業では、先生の「〇〇さん、どう思いますか?」という問いにすぐに答えられる子が評価されやすく、瞬発力はなくともじっくり考えれば良いことを言える子がなかなか評価されないケースがあります。
「スクールタクト」なら、ワークシートに子ども同士でコメントや「いいね」をつけることができるため、口頭での発言が苦手な子でも、コメントを通じてクラスで承認を得ることができます。実際に私たちの研究部門である教育総研で検証したところ、普段は先生から「おとなしくて発言しない子」と思われていた子が、「スクールタクト」を使う授業ではコメント機能などを使い、他の子を応援したり、励ましたりするといった支援行動を積極的にとっていた……という事例もありました。

── これまでの授業形式では見えなかった子どもたちの一面を、引き出しているのですね。
後藤:従来の一斉授業では、先生から子どもたちへの一方通行のベクトルのみで、子ども同士のコミュニケーションはほぼなく、支援行動が発火する機会もありません。しかし、「スクールタクト」によってお互いの状況が可視化され、コメントを通じて支援できる環境があれば、行動を起こせる子は必ずいます。子どもたちが緩くつながることで、従来の授業では見えにくかった子どもの良さにも光を当てることができるのです。
哲学、利便性、メタ視点。判断のための3つのレイヤー
── 一貫したコンセプトをお持ちですが、実際の現場の声を受けて機能や方向性をチューニングした部分はありますか?
後藤:機能開発は、大きく3つのレイヤーに分けて考えています 。
1つ目は「望ましさ」。教育哲学を参照して、入れるべき機能を定めるレイヤーです。2つ目は「先生や子どもたちの利便性」 。実際に利用者が便利になる、現場のニーズに応えるレイヤーです。そして3つ目は「メタ的な視点」。教育委員会などからの要請に応えるレイヤーで、活用状況を示すダッシュボードなどが該当します。
── 機能開発においてこの3つのレイヤーが衝突する場合、どのようにジャッジしているのでしょうか?
後藤:「望ましさ」と「先生や子どもたちの利便性」はぶつかることが多いです。たとえばAIを使うにしても、「人に考えさせないAI」はつくりたくありません。学校教育においては、子どもたちが考える行為が重要なのであり、最適な解をすぐに出せることが必ずしも良いとは言い切れないのです。学校は子どもたちにとって安全に失敗できる場所です。子どもが考える機会が減るような機能や、AIが出す最適な答えなどは、せっかくの失敗する機会を奪ってしまう可能性があります。
そのため、全レイヤーを揃えるのは本当に大変で、解決策は考え続けるほかありません。
── 実際に3点がぶつかるなかで、決断をした事例はありますか?
後藤:「授業チャット」の機能設計でしょうか。子ども同士が意見を交わす場として、個々のワークシートへのコメント機能とは別に、授業全体で使えるチャット機能があります。当初この「授業チャット」は、先生も子どもたちも平等に送れる設計、つまりヒエラルキーのない構造にしていました。運用が始まると、特に小学校の先生から「“うんこ”と書く人がいる」などが報告され、「先生しか送れない状態をデフォルトにしてほしい」という要望をいただいたのです。

後藤:しかし私たちとしては、「先生は子どもたちより知識を持っていて教える立場である」という一方的な構造こそが、今の教育の良くない点だと考えています。教える・教わるを壊して「学び合う」を目指すうえで、先生しか送れない機能にするのは絶対に避けたいことでした。
── まさに理想と現場のぶつかり合いですね。
後藤:着地点として、チャットの送信を制限するロック機能を実装しつつ、デフォルトではオンにはしないという判断を下しました。先生の「管理したい」という現実的なニーズを認めつつも、「先生しか送れない」というヒエラルキーを助長するものにはしないという、我々の哲学を守るために見出した妥協点です。
機能開発では常にこういったせめぎ合いがありますが、教育の本質を曲げないように取り組んでいます。
集中力を削がないために、画面遷移は最低限に
── 先生が使う画面と子どもたちが使う画面は、求められる機能が異なりますが、学習体験としての一貫性はどのように担保しているのでしょうか?
後藤:なるべく同じ利用体験になるように設計しています。なぜなら学校の授業では、先生が自分の画面をプロジェクターなどで投影しながら操作して説明するため、その動きを子どもたちも再現できないと混乱してしまうからです。また、採点情報などの「先生しか見てはいけない機能」は、なるべく分かりづらい場所、あるいは操作が必要で気軽に押せない場所に設置するようにしています。
── 子どもたちの集中力を削がないための工夫や配慮などもされているのでしょうか?
後藤:注意している点は2つあります。ひとつは、なるべく画面遷移をしないこと。もうひとつは、授業の流れに沿った自然な画面構造にすることです。
たとえば、授業中に先生が子どもたちにアンケートを取る場合、他の授業支援システムでは、通知が来て、それを押すとアンケート専用の別画面に遷移し、回答したら元のワークシート画面に戻る……というプロセスを踏むことが多いです。しかし、画面遷移があると子どもたちは気が散ってしまい、集中力が削がれてしまいます。
こういったことがないように、「スクールタクト」ではアンケートなどの補助的な活動をする場合、ワークシートの画面上に重ねて表示し、その中で完結するようにしています。アナログでたとえるなら、机の上にワークシートを出したまま、その上で必要な道具を取り出して対処し、終了後またワークシートに戻る……といったイメージです。なるべく1画面に必要な要素をまとめるようにしています。

── とすると、画面内の情報量との戦いになりそうですね。
後藤:そういったこともあり、二つ目の工夫である「授業の流れに沿った自然な画面構造」を意識しています。
一般的な授業支援システムでは、Miroなどのようにフラットに各項目が並ぶ構造になっていることが多いのですが、「スクールタクト」では「授業」という大枠があり、その中に「科目」があり、「単元」があり、「ワークシート」がある……という階層構造を採用しています。このほうが、教科書や実際の授業の進め方と一致しているため子どもたちにとって分かりやすいですし、裏側で自動的にタグ付けされるため、データを構造化しやすく、分析や活用もしやすいです。AIによる分析の強化にあたり、この構造化が大いに役立っています。
ハックすることさえ学びになる。「望ましさ」を仕組みに託して
── ユーザーリサーチやユーザーインタビューはどのように行っていますか?
後藤:先生や教育委員会に対しては、私自身が営業や訪問をする機会が多いので、そこで直接ヒアリングしています。また授業見学も頻繁に行い、子どもたちがどのように「スクールタクト」に触れているのか、実際の利用状況も間近で見ています。
── そういった活動を通じて、どのような気づきや発見がありましたか?
後藤:私たちが想像していなかった使い方をしている様を発見したことでしょうか。
たとえば「振り返りAI分析」という機能があります。子どもたちが書いた学習の振り返りテキストをAIが分析し、「事実、感想、考察/要因、考察/仮説、結論」の5つの観点で、文章のどの部分がどの観点に該当するかを分析し、評価するというものです。
興味深かったのは、子どもたちがこの仕組みをハックしはじめたことです。分析の結果を見ながら「どんな文章を書くと良い評価をしてくれるのか」と何度も試し、たとえば「なぜなら~だからだ」という文章が「考察/要因」にあたる文章として評価されることがわかると、その書き方を習得して攻略していったのです。
私たちは、それで良いと思っています。「“なぜなら”を使うと考察になるんだ」と学ぶこと自体が学びですし、「なぜなら」を使うには当然考察を書く必要があるため、結果的に考えるという行動につながるからです。私たちが「振り返りを5つの観点で考えてみる」という「望ましさ」を伝えるデザインをすることが大切なのだと思います。

学校の中だけに閉じない、複合的な学びの理想
── 今後はどのような学びの体験を提供したいか、どのような点でチャレンジをしてみたいか、展望を聞かせてください。
後藤:「フォーマルな学び」と「インフォーマルな学び」を接合したいと考えています。現状の学校教育における評価は、成績や内申、入試の点数といった「学校の中だけの学び」に閉じられがちです。私たちは、これらの評価軸しかない世の中を変えたいと考えています。
たとえば「この星に行くには何年かかるだろう?」と計算する活動には、算数の知識だけでなく、星や宇宙といった概念への理解も含まれています。私たちは、学習指導要領や教科書の情報を「スクールタクト」のデータベースに組み込み、スタディログを分析することで、「この活動は、実は中学の理科のこの分野に相当する」といった形で示したいと考えています。学びの評価を単元の達成度だけに閉じず、もっと複合的に、多様な角度から捉える。そのための仕組みを準備しているところです。
取材協力
授業支援クラウド「スクールタクト」 https://schooltakt.com/
株式会社コードタクト 企業サイト https://codetakt.com/



