リサーチとクリエイティビティ
デザインにまつわる二面性 #5

このコラムでは、デザインの二面性をテーマにものごとを考察してみます。5回目は、デザインの活動にまつわるリサーチ(調査)とクリエイティビティ(創造)の関係について取り上げます。
デザイナーとリサーチ
デザイナーの方に質問です。デザインのためにリサーチしますか?
「する」と答えた方、それはどんなリサーチですか? 競合他社のプロダクトを知るためにウェブサイトを閲覧したり、または店舗に行って現物を試してみたりする人もいるかもしれません。あるいは、業界の動向を把握するためにニュースやSNSをチェックしたり、AIに聞いたりしている人もいるでしょう。もう少し踏み込んだリサーチであれば、実際のユーザーの行動を観察したり、プロダクトを使ってもらった人にインタビューしたり、などが考えられます。
「ない」と答えた方でも、気づかないうちに上に挙げたような取り組みは少なからず行っているのではないかと思います。しかし、おそらくですが、「ない」という回答には、大きく2つの意味が込められているのではないかと推察します。
1つは、日常的な情報収集はリサーチではないという考え方です。100人以上の企業であれば、リサーチを専門に行う部門があり、統計学を用いた定量分析や綿密な報告書を作成されていると思われます。このような環境では、リサーチ部門とデザイン部門の活動はそれぞれ分業して行われているので、リサーチはデザイン担当者の仕事ではないと考えることができます。
もう1つは、リサーチはデザインの領域ではないという考えです。デザインはクリエイティブな活動であって、客観的かつ論理的に分析するリサーチのアプローチは、創造性とは対立するものと位置付けられます。デザイナーは新しい何かを生み出すことに専念すべきで、リサーチばかりに時間を費やして、他と似たようなデザインになってしまうことは、避けるべきだと考える人もいるでしょう。

デザイナーとクリエイティビティ
デザインの活動はクリエイティブな領域、このことに対して異論を述べる人はいないはずです。強く印象に残る広告表現、新しい使い方やライフスタイルをつくった製品、デメリットを魅力的な価値に変える空間、楽しく夢中になってしまうアプリなど、創造性によって切り開らかれたデザインの例は数多くあります。
一方で、常に新しいアイデアの創出がデザイナーに求められていることかというと、その重要性は以前より弱まっている印象を受けます。かつては、グラフィックデザイナーでもプロダクトデザイナーでも、アイデアを50案100案考え、膨大な数のスケッチを壁に貼り出す検討方法は頻繁に行われていました。しかし最近では、やみくもにアイデアを考えることよりも、理にかなった表現や使い方を実現することをデザイナーに期待する傾向が強いように思えます。例えばなにかのアプリであれば、迷わずに簡単に使えることが重要であって、そこにユニークなアイデアは必ずしも求められてはいません。
また、スタートアップの会社がつくる新しい事業やサービスの多くは、デザインの専門ではない起業家たちによって生み出されています。エンジニアやビジネスコンサルタントの経験を重ねた人が、新しい事業やつくりたいものをビジネスにする過程は、デザイナーと同じように強い創造性を発揮しています。創造性は特定の職業に限定されるものではなくなっています。

クリエイティブに活かされるリサーチ
産業や事業によっては、デザイナーへの期待値も変わっています。
成熟産業でビジネスを行う大企業は、マーケティング部門が緻密なリサーチを行ったうえで、商品やサービスのポジショニングを設定します。このような場合、デザイナーはその戦略や意図を深く理解したうえでデザインを検討する必要があります。この場合、デザイナーに求められていることは、狙ったエリアの中で競合にはない強みをつくり、ユーザーに受け入れられるアイデアをカタチにすることです。
こういったパターンでは芸術的なひらめきのクリエイションよりも、市場のニーズや競合環境を踏まえた上で最適な解を見つけ出す、リサーチ的なクリエイションが求められています。そのためには、世の中の事例をベンチマークしたり、使いやすいメソッドなどをストックしておくことが、デザインの活動をより良くすることにつながります。

このことは、リサーチに基づいたデザインが効果的であるということを意味しています。つまり、リサーチをデザインの活動の中にうまく取り入れることができれば、クリエイションの価値をより高めることにつながります。
リサーチをよりクリエイティブに
逆の視点からも考えてみたいと思います。リサーチは専門の人に任せればよいかというと、私は違う考えを持っています。
リサーチには大きく2つの目的があります。1つは、効果を測定したり試作を検証したりするためのリサーチです。これは市場調査であったり、ユーザビリティテストを行うなどが当てはまります。このようなリサーチでは、客観性であったり、物事を科学的に捉えて分析をすることが求められます。
しかし、リサーチにはもう1つの目的があります。それは、まだ世の中にはない隠れたユーザーのニーズを発見したり、ビジネスの機会領域を見つけたりすることです。私はデザイナーとしてこれまで、スポーツ観戦、スーパーの売り場、旅行体験、電話での問い合わせ対応など、いろいろな現場のリサーチから新しいアイデアや解決策を見つけていました。こういった活動はとてもクリエイティブだと言えます。

まだ世の中に現れていない潜在ニーズを発見するには、客観性や科学的な分析だけではなく、仮説を持って物事を観察したり、異なる事象をつなげることによって新たな視点が生まれるといった、直感やひらめきといったスキルが求められます。デザイナーはこのようなクリエイティブなリサーチの活動において、強く活躍ができるはずです。
リサーチとクリエイティビティは補い合う
最近のデザイナーは、やみくもにアイデアを出すことよりも、組織の企画や戦略の意図を的確に体現する論理性を期待されることが多く、逆にリサーチにおいては、クリエイティブな視点が求められているようになっています。以前よりもリサーチとデザインの相性は良くなっているかもしれません。
理論的なリサーチと芸術的でユニークなクリエイティブを水と油のような二項対立に捉えて分断するのではなく、クリエイティブにリサーチしたり、リサーチでクリエイティブを発揮するなど、それぞれの強みを組み合わせられるようになることが求められているのだと思います。
リサーチとクリエイティビティを融合した活動こそが、これからのデザイナーの役割と価値をより高めることにつながるのではないでしょうか。あなたはどのように考えますか?

illustration by Ryotaro Nakajima
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