人間にしかできない良い問い

「Why」から始める?

「Why から始めよ」というゴールデンサークル理論は、マーケティング分野でも耳にしたことがある方が多いかもしれません。提供する商品やサービスである「What」を訴求するには、まずは「Why」により提供者が存在する意義や、なぜそれをするのかという起点を明確にすれば、顧客の心を惹きつけ、そこから行動を喚起することができるという考え方です。組織のミッションステートメントにも使命や存在意義が表されており、それが第一義として掲げられる場合が多いです。

「Why」の使い方は異なりますが、トヨタの「なぜなぜ分析」(Why を5回繰り返し、根本原因を分析する方法)しかり、ビジネス界隈では「Why」が思考の標準的なアプローチとして定着している印象があります。

一方で、人間の問いに「Why」はどのように作用するのでしょうか。

「Why」の限界

問いをメインとし、クライアントの気付きを支援するコーチングの現場では「Why(なぜ)」による問いはあまり使われません。その理由のひとつは「Why」で問うことが、単一の理由や原因を探し始め、クライアントの視点が過去へと向かいやすいからです。微妙な言葉の違いですが「なぜそう感じましたか?」よりも「どのあたりでそう感じましたか?」と問う方が、過去に行き過ぎず、実際的な出来事にフォーカスしやすくなります。

「Why」は、トヨタの「なぜなぜ分析」に代表されるように、原因分析や問題の根本を突き止めるには有用な問いです。私たちは成人になるまでの学校教育を通じ「問いには答えがある」「正しい答えを見つけるとマルをもらえる」という経験をしてきました。その経験からか「Why」で問われると無意識に「正解」や納得できる「答え」を探そうとしがちです。

しかし、実社会や人生、人との対話の中では、そもそも「唯一の正解」が存在しない問いや状況が多くあります。こうした「答えのない問い」を本質的に追究し、新たな視点や思考を深めるために「Why から始める」だけでは不十分なケースが多いのです。

「How」で問う

コーチングでは Why に代わって「How(どのように)」という問いが中心です。たとえば「なぜ目標に達しないのか?」と問うのではなく「あなたならどのように目標を捉えていますか?」と問いかけるのです。「How」で問うことで、答えをひとつに絞るのではなく、多様な選択肢や、自分ならできそうなことが自然と想起されるように促します。

さらに、その「How」による気付きやアイデアを他者と共有し合うことで、対話や議論が深まり、視野も広がります。最終的には「今、私には何 (What) ができるのか・何ができないのか」と現状に目を向け、具体的な行動に落とし込むことができるのです。そして、こうした過程から「なぜ (Why) 自分はそれを選ぶのか・なぜこれを目指すのか」という本質的な問いにつながることも少なくありません。

人に内在する「意思」は初めから強いものとは限らず、こうした本質的な「良い問い」によって明らかになっていくものです。

このような対話や内省における「良い問い」は、まず「How」で未来や可能性に目を向け「What」で現状や具体策を整理し、最後に「Why」で本質や動機を問い直します。これは単なる原因分析にとどまらず、答えのない問いに向き合い、クリエイティブな探究と成長を促すための鍵となります。

AI における「問い」の混乱と本質

近年「生成 AI の登場によって問いの力がますます重要になった」という主張をよく耳にします。私自身はこの通説を直感的に理解できませんでした。AI の進化により「課題設定」や「プロンプトリテラシー」といった手法が流布され、多くの人が「問いの立て方」を論じるようになっています。一方で、これらの議論はしばしば混線し「問い」の本質が見えにくくなっているようにも感じられます。

AI に適切な指示を与え、期待するアウトプットを得るための技術として「良い問い」が語られる場面も増えましたが、これは本来の「問い」の意味とはやや異なります。AI 活用の技術や課題設定の方法と、人間本来ができる良い問いを立てることとは、似て非なるものです。 前者は「外部から最適な答えを引き出すための技術」であるのに対し、後者は「自らの内面から新たな意義や可能性を生み出すための営み」です。この二つを混同すると「問い」の本質を見誤ってしまいます。そのため、生成 AI の登場において問いが重要だと語られる背景には、何か見落としている論点があるのではないか、という疑問を持つようになりました。

人間らしい「良い問い」

改めて考えてみると、AI の登場によって変わったのは「答え」や「知識」が持つ価値のほうだと言えます。AI は膨大な情報を瞬時に解析し、正解や過去の事例を簡単に提示できるようになりました。その結果「人間が答えを知っていること・情報にアクセスできること」自体の価値は大きく低下しています。

次なる時代において「自分ならどのように問うか」という、人間だからこそできる問いの立て方のほうが、より重要性を増しているのではないかと考えます。そして、その「人間らしい問い」を生み出すためには、単に知識を活用するだけではなく、自分自身の経験や価値観、内面の葛藤や理想に目を向け、自分らしい「How」を問い続けること、すなわち、内省的な対話の中から問いを紡ぎ出していく姿勢こそが、本質的な良い問いになります。

その人のやり方や生き様に価値があります。その中から湧き上がる「問い」を大切にする。そのプロセス自体が、AI には決して模倣できない、唯一無二の人間性の表現ではないでしょうか。

自分らしい「How」から始める

こうした時代においては、他者の正解や一般論に頼るのではなく「自分ならどのように考えるか」を自ら問い続けます。日々の仕事や人間関係の中で「私ならどう考えるか・どのように取り組むか」を繰り返し問いかけてみてください。そうすることで、単なる知識や答え以上の自分らしさ、本当に大切にしたいことが少しずつ見えてきます。

ぜひ、あなた自身の「How」を大切にしてください。自分にしか見つけられない問い、それを通じて自分自身や他者と真摯に向き合い、新たな意義や可能性を切り拓いていく。それこそが人間にしかできない、最もクリエイティブな営みなのだと思います。

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Written By

山下一樹

電機メーカーにてエンジニア、企画職を経て、フロントエンドエンジニアリングと UI, UX デザインを専門とする株式会社インパスを設立。アプリや web の情報設計、UI デザイン、インタラクションデザインに従事。ギャラップ社 ストレングスコーチ。

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