読めない文字から読み取っていく、多様な常識と認知バイアス
A Design in the Life / 日常にあるデザイン #9

読めないフォントと世界観
ある日、タイを旅行していた知人のツイートが仲間内で話題になりました。その知人は日本語と英語を自由に操り、そのほか多数の言語も学んでいる語学の達人です。そんなマルチリンガルの知人も、これはさすがに読めないと根を上げていたのが「LIME SALT」というお菓子のパッケージです。

目を凝らしても読めなかったら日本語ネイティブ、苦労せずに読めたらアルファベット言語ネイティブだと思います。商品名が書かれているのは、「TokyoSoft」というフォントです。ほかにも日本語を読み書きする人であれば誰もが苦労するフォントに「TechnoJap」「Electroharmonix」などがあります。
逆に英文字にしか見えないひらがなフォントも存在します。「Black Letter Japanese」は、実用性は低いながらも興味深いフォント表現です。



Electroharmonixはカナダ生まれ、名古屋在住のデザイナーRay Larabie氏がデザインしたフォントです。Adobe Fontsにもアーティスト専用ページがあり、ウルトラモダンスタイルの素敵なデザインフォントが多数紹介されています。彼が作っているフォントの中で読みにくいのはElectroharmonixだけです。
これらの日本語話者にとって難読なフォントも、アルファベットを用いる言語圏で育った人であれば、すんなりと読めるかもしれません。これと同様に、日本語を学ぶ外国人や文字を覚え始めの幼児にとって、カタカナの「ソ」「リ」「ン」は見分けるのが困難な文字です。日本語に慣れている方は、書き順や点や線の角度であまり意識せずとも書き分けている人、見分けていることが多いのではないでしょうか。
文字の形やフォントデザインは、その言語の世界観と識字(文字の読み書き)の影響を強く受けています。

イギリスのデザインコンサルタントJohnson Banks社が制作したもの
たとえば人気のSF映画シリーズ「スターウォーズ」の世界には英文字がでてきません。これは地球人類とはまた別の世界、宇宙の遠いどこかの話、または遠い未来の話であるという世界観を示しています。同じく人気を二分するSF作品「スタートレック」の世界では、地球由来の人類は英文字を用い、ある宇宙人種族は言葉が短く騒音の中でも伝わりやすい戦闘に特化した発音の言語と文字を持っています。
この現象から理解できるのは、年代によって流行り廃りはありつつも、フォントのデザインによって時代や環境が表現できるということです。可読性の高いフォントは、現実世界に近い、現代に近い印象を与えます。可読性が低いフォントは、現実世界とは異なる遠い未来、または地球とは異なる環境であることを表現できます。

また、フォントが統一されておらず、多種多様なフォントに溢れる環境に身をおくと、その多様性や賑やかさを実感します。

読みづらいとは、どういうことか
脳の特性で文字を読むことが難しいタイプの人がいます。俳優のトムクルーズや監督のスティーブンスピルバーグもこのタイプの特性をもち、「ディレクシア」と呼ばれます。さらにディレクシアにもさまざまなタイプがあり、「リーディングルーラー」と呼ばれる定規をあてると1行1行に集中できてスラスラと読める場合もあります。ディレクシアではない人にとっても、文字が小さすぎたり、文字が詰めこまれすぎていたりすると読みづらい、読むのに時間がかかるのは同じでしょう。速読を身につけた人にとっても同様です。

視力が弱くなってきた高齢者にとって、大きな文字が読みやすいであろうことは誰もが理解できますが、文字の大きさだけではなく、適度なコントラスト(背景と文字の明るさの差)や、文字列と文字列の隙間の方が重要な場合もあります。また、真っ白な背景と真っ黒な文字というコントラストが強すぎる文字表現をみると極度に疲れてしまうタイプの人もいます。
読みづらい書体や表現の例
- 筆記体やペン、筆で描いた手書きの文字
行書や草書、特殊なペンで描いたカリグラフィー、グラフィティなど。文字がつながっていて組み合わせによって形が変化すると読むのが難しい - 連続した文字表現
アラビア語、ヒンディー語のデーヴァナーガリー文字、タイ語など、文字が繋がった表現が多く、個々の文字と文字を見分けるのが難しい - 古い時代の文字
古い本や、石版の文字、ブラックレターや、漢字の旧字など - 抽象的にデザインされた文字
装飾された文字、ロゴなどの読みやすさ重視ではなく形状としてデザインされた文字。動物や植物などの物体の形状を模倣した文字

引用元: Wikipedia:
文化も変われば、認知や常識も多様
映画「メッセージ(原題:Arrival、原作:あなたの人生の物語)」では、巨大なタコのような形をした宇宙人と、不思議な文字を使ってコミュニケーションをとろうと試みます。主人公の言語学者は宇宙人の文字を学ぶことで、いままで人間にはなかった感覚を身につけるようになります。

出典:https://community.wolfram.com/groups/-/m/t/1034626?sortMsg=Votes
人の認識や思考は、言語に影響されるという「サピア=ウォーフの仮説」が知られています。これを一般に広めたのは米国の人類学者フランツ・ボアズ氏で、生活環境が言語に反映するという説です。ある知人は英語のミーティングやプレゼンテーションでは極端なくらい活発に議論に参加しますが、日本語のミーティングだと大人しく控えめになってしまいます。
年中雪の中で暮らすイヌイットには「雪」を示す言葉が100種類あるといわれています。実際のところそれは少し大袈裟で「雪」を示す言葉が6種類、そこから派生した雪の状態を含めると20種類くらいの言葉があるそうです。日本でもサラサラとした雪の結晶が見られる地方では雪のことを「六花」、青空なのにチラチラと舞う雪のことを「風花」と呼んだりしますので、そこからイメージする感覚が人によって異なることでしょう。
「君は太陽(You Are My Sunshine)」など、相手のことを「太陽」と称えるラブソングは数多く存在します。しかし国や言語によって「太陽」は、厳しく灼熱の非情で避けたい印象を与える言葉の場合もあるのです。
さて、ここまでの話題で伝えたかったのは「自分の常識は相手にとっての常識ではないかもしれない」ことです。
以前、3DCGのキャラクターを活用して手話翻訳するシステム開発を手掛けたときに自分が持っていた認知バイアスのひどさを思い知らされたことがあります。それは音や声が聞こえなくとも、文字で同じことが伝えられると浅はかに考えてしまい、手話の重要性を軽視してしまったのです。そのとき、両親が手話で生活し、本人は耳が聞こえる手話ネイティブな通訳者に教えてもらったのは、手話は文章や文字ではなく会話だということです。その後、満員電車の中で、無言のまま手話で仲睦まじくしているカップルを見たときに、手話は会話であるという認識をさらに強くしました。
日本語手話で、私の名前を表してみると次のようになります。

手話の50音を調べてみると、全ての文字の形を丸暗記するのではなく、手話は、言葉や文字がイメージしやすいよう、意識しないほど素早く思い出せます。手の形や動きを読み取りやすく、間違いなく伝わるよう、とても工夫されていることがわかります。温泉マークを示す3本指の「ユ」、影絵でよくやるキツネ「キ」、英文字の”o” を示すのが「オ」の表現です。残念ながら手話は世界共通の言語ではなく、母語となる言語によって手話も異なり、同じ言語でも方言のように複数の表現を持つ場合もあります。
自分を客観視するには
自分の認知の歪みに気づく、自分を客観視するには次のようなアプローチが有効だと考えています。
- ジャーナリング
自分の考えや行動をメモして、あとから思考プロセスや感情を客観的に分析する - 自分自身に質問を投げかける
「なぜその判断をしたのか? なぜそれを選んだのか?」など - 自分とは違う相手の考えと自分の考えを比較して自分の思考パターンを理解する
物事は、0か1で割り切れることばかりではありません。一度自分の身に偶然起こったことがごく普通のことだと勘違いしてしまうこともあるでしょう。また感情の移り変わりによって、ポジティブすぎる、逆にネガティブすぎる視点で世の中を捉えてしまうこともあります。自分が認知している世界は、あなたが伝えたいと考えている相手の認知とは異なる概念を持っている……。そう考えると、デザインはいまよりもっと複雑だけれども、もっと可能性のある面白いものに見えてくるのではないでしょうか。
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