体験を捉えるため、本質と向き合う。時代を越えたデザインを作るSpring/Summerのデザインプロセス

新しい技術が日々更新されていくデジタルの世界。それに伴いWebやアプリのデザインにもあらたなトレンドが生まれては目まぐるしく進化を遂げています。だからこそWebデザインはトレンドベースで作らなければと、感度の高いデザイナーほど意識してしまいがちです。しかし、時代に左右されない「長く残るデザイン」はデジタル媒体であっても作ることができるのではないでしょうか。

今回は「時代を超えて愛されるデジタルデザイン」にこだわりを持つデンマークのデザインスタジオ、Spring/Summer代表のPelle Martinさんにお話を聞きました。

── Spring/Summerはどんなデザインスタジオですか?

Pelle:Spring/Summerはコペンハーゲンのデザインスタジオとして10年ほど前に設立されました。世界的ブランドからスタートアップまで幅広く、ブランディングやWeb制作を中心に取り組んでいます。現在は15名程度のメンバーがいますが、会社を大きくするよりひとつひとつのデザインに真摯に向き合い、本当に良いものを作り続けたいという気持ちでやっています。

Spring/Summerという社名は、ファッション業界で各シーズンを「Spring/Summer」「Autumn/Winter」と呼ぶことに由来しています。会社を設立する前に参画したジュエリーのブランドのプロジェクトチーム名として名付けて、華やかであたたかい雰囲気がいいなと思いそのまま社名にしました。そのときに「半年に一度、シーズンに合わせて名前を変えるのもいいかも……?」と思ったのですが、さすがにそれは却下しました。(笑)

── 社名を期間ごとに変えるのは面白いアイディアですが、ややこしくなりそうですね(笑)。Pelleさんは日本にお越しになったことはありますか?

Pelle:はい、一度行ったことがあります。すごく楽しかったです。デザイン面では優れたグラフィックに溢れていると思いました。日本企業と仕事した経験だと、8年前にユニクロのアプリを作りましたね。このプロジェクトではレシピを紹介するアプリでした。日本のブランディングスタジオ「projector inc.」の田中耕一郎 さんとご一緒しました。

iPadアプリ Uniqlo Recipe(日本では未配信)

── 印象的なデザインですが、そんなに前のものなんですね!

Pelle:私たちはいつも「古くならないデザイン」、そして「長く残るデザイン」を作りたいと思い、意識して作っているんです。Webやアプリのような更新しやすい媒体でも、流行りに左右されず、一度作ったらそのままずっと使えるデザインが本当に良いものだと思っています。

10年前のアプリなのに現代でも通用する理由

── 長く残るデジタルデザイン、他にはどういったものを作っているのでしょうか?

Pelle:私が作ったデザインの中で一番それを象徴していて、気に入っているのがSwatchのアプリです。

SwatchのiPadアプリ(日本では未配信)

Swatchのアーカイブを閲覧できるiPad用のアプリなのですが、Swatchが持つ個性の「アート」の部分をより際立たせるための仕組みになっています。並べられた時計を横にスワイプしていくとたくさんの時計が見られるようになっており、スワイプの軌跡が直前にタッチした色で描かれます。アートウォッチを見ることで、自分もアートを作る体験ができるんです。スウォッチの持つ芸術性と楽しさを存分に体験できるアプリです。

これは10年前にリリースされました。

── 10年前!古く見えないかっこいいデザインですね。Pelleさんが思う、長く残るデザインを作るコツってなんだと思いますか?

Pelle:最新の技術を使っていなくても、画面上で現実とリンクするような体験ができれば古くならないと思うんです。それが長く残るデザインを作る秘訣かもしれませんね。

そのようなデザインを作るとき、他のWebやトレンドからアイディアを得るのではなく、Webサイトの題材となるものからアイデアを引き出しています。そのものの造形や、それを取り巻く環境などからインスピレーションを得ることが多いです。

私たちが作った「Simply Chocolate」のサイトは、この製品から得られる体験をそのままWebに落とし込んでいます。

フレーバーを選んで、パッケージを開封し、包みを剥がして、チョコを割る。この一連の体験がシームレスに目に入ってくる設計になっています。パッケージのフォントや色をWeb上に反映させることも、その製品の世界観に入り込める要素のひとつです。これは6年前に作ったのですが、現在でも毎日のように「こんなサイトを作って欲しい!」と世界中から問い合わせがあります。

また、アメリカフロリダ州マイアミにある「ペレスアートミュージアム」のWebサイトも同様に、美術館の所在地からインスピレーションを受けて作りました。

マイアミを象徴するものは美しい空だと考え、それをWebサイトでも感じられるような作りになっています。空をイメージした美しいグラデーションは、マイアミの時間に合わせて色が変わる仕掛けになっています。

シンプルなコンセプトを細分化してストーリーを作る

── こういったデザインをするにはPelleさんのように熟練されたデザイナーじゃないと難しいのでしょうか。

Pelle:考え方としては、案外難しくないアプローチだと思います。基本的なデザインができていれば若い方でも雇っていますし、なにか特別なスキルを持っていなければならないわけではありません。重要なのはデザインの初期段階で時間をかけて考え、企画を練ることです。ピンとくるコンセプトさえみつかれば、それを発展させることは難しくないと思います。

ひとつのやり方として、総合的な体験から一瞬一瞬を切り取っていき、それをユニットにして考えていく方法があります。前述のチョコレートの事例では、食べるまでのユーザーの体験を「選ぶ」「開ける」「割る」など具体的なステップで捉えています。わかりやすく、強いストーリーやコンセプトに繋げやすい方法です。これはベテランデザイナーだからできること、というわけではないんですよね。題材によって見せ方は変わりますが、コンセプトをしっかりと持っていればすごく奇抜なグラフィックやインタラクションは必要ありません。

なので、最初に「これだ!」と思えるひとつのアイディアを見つけるのが鍵になります。そのアイディアはシンプルであればあるほど良いです。

Webデザインを映像として考えてみる

── リアルな体験を表現するために、テクニカルな面でもこだわりがありそうですね。

Pelle:Webサイトは「ユーザー体験そのもの」だと思うので、デザイナーがこだわるべきはコーディングやエンジニアリングにも及んでいるのではないでしょうか。物理的に触る感覚と近いものを作れれば、ユーザーは直感的につかえるはずです。ひとつひとつのWebサイトを要望に応じて仕立てているので、実装はいつも挑戦です。

Webサイトも映像と同じようにストーリーを伝える感覚で作っています。 ユーザーが実際に辿る行動に沿ってインタラクティブに見せていくイメージですね。それをスムーズに動かすのはテクニカルなチャレンジになります。

企画書の制作をサポートするサービス「Beagle」のWebサイトもユーザーが企画書を完成させるまでのストーリーを組み立てました。

「企画書を作る」「共同編集する」「共有する」「表紙をつける」、その一連の体験がWebサイトの上から下になめらかに続いています。シンプルに見えて実装が難しかったサイトですが、スムーズに動かすことに成功したのでお気に入りです。

── いろいろな作品を拝見し、Spring/Summerらしさというのがわかってきました。

Pelle:あまり固定のデザインスタイルにならないようにしているのですが、フィーリングやリズムなどから「Spring/Summerらしさ」が出せればと思っています。

また、私たちは「今日も誇れることをしているか」をつねに考えて仕事に取り組んでいます。家に帰って、「今日もいい仕事ができた!」と心から言えればそれがベストです。そして、自分たちの仕事や制作物がちゃんとユーザーやクライアントを惹きつけられているかも大切にしています。もちろん収益を出さなければビジネスはやっていけないので、その辺りのバランスはありますが、そういったことも我々のらしさにつながっているかもしれません。

── いい考え方ですね。そういった考えも、長く愛されるデザインに繋がっていそうです。

Pelle:トレンドを踏襲することだけが、時代を超えて愛されるデザインになるとは思いません。流行に敏感にならなきゃと心配することはないと思いますよ。長持ちするデザインは新しい考え方と、自分を取り巻く世界からインスピレーションを引き出すことによって生まれると信じています。

── Pelleさん、ありがとうございました!

Spring/Summerのオフィスに編集部でお邪魔しました。
オフィスに入るとすぐに大きなソファーがあります。秋らしく飾られた室内、壁には過去に取り組んだプロジェクトのポスターが。
コペンハーゲン市内のオフィスは日当たりが良く、従業員はそれぞれ昇降デスクで快適に作業をしていました。

取材協力

Spring/Summer https://springsummer.dk/

Written By

野島 あり紗

Specrum Tokyoの編集部員。マサチューセッツ美術大学を卒業後、ゲーム系制作会社やデザイナー向け人材サービスのスタートアップに従事し、2021年に独立。デザイン界隈のフリーランスとして現在は各種デザイナーの採用、執筆編集などを行う。好きなものはラジオと猫。

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